一目惚れでした!01


※組織がないパラレル。





 その人を見たのは、母親に強く勧められて渋々参加したパーティの会場だった。
 参加者ではないのに新一の目にはキラキラと輝いて見えた青年は、きびきびと働くウェイターで。
 こっそりと観察しては、ほう、と感嘆の息を漏らす新一は今日のパーティに参加して本当に良かったと思うのだった。





「新ちゃ〜ん!パーティに行くわよお!」

 久しぶりに帰宅した母親である有希子の第一声に、新一は聞こえていないふりをして読書に勤しんだ。
 今ちょうど読んでいるミステリー小説は二件目の殺人が起きてしまったばかりなのだ。連続殺人犯なのか、はたまた模倣犯なのか。きっとこれから伏線を張られるはずだ。それを見つけるのに、現在の新一はそれはもうすごく、とても、大変忙しい。

「ちょっと新ちゃん〜?聞いてるの〜!?」

 目の前で言われたって新一は屈してはいけないのである。何故なら本が新一を呼んでいるから。

「せっかくなんだからこの機会に社会勉強がてら参加してもいいんじゃないかしら?探偵目指すのなら必要でしょう?」
「………」

 栞を挟むことを忘れずに新一は静かに本を閉じた。
 将来の夢である探偵を引き合いに出されてしまっては、本を閉じる選択しか残されていなかった。確かに、有希子の言う通りである。調査の為にパーティに忍び込む自分の姿は容易に想像がつく。そのとき自然にその場へ馴染めていなければターゲットに近付くことなど出来ないであろう。そう、だからこれは慣れる為に仕方がないことなのだ。

「良かったわ〜乗り気になってくれて!」

 母親に逆らえないのではないのだ。絶対に。

 そういった経緯で引っ張られてきた新一は猫を被って笑顔を絶やさないよう徹しながらも挨拶を欠かさなかった。
 そんな中ふと見つけたのが彼だったのだ。
 サラサラとした蜂蜜色の髪と褐色の肌に蒼い瞳。派手に見えるが髪は傷んでないようなのでハーフなのかもしれない。
 女性が黙っていないような容姿をしているのに何故か騒がれず、いちウェイターとして会場に溶け込んでいる。今グラスを受け取った女性も、特に反応を見せていなかった。

(わざと…か…?)

 黒縁の眼鏡をかけているから隠れている、というわけでもないだろう。

(まあでもこんな場所だし騒ぐ人なんていねーか…)

 新一は自身の思い過ごしかと流し、改めて男をちらちらと窺う。
 だが余りに視線を送りすぎたのか、ウェイターがこちらを向いてしまい新一とばっちり目が合ってしまった。

(ヤベッ…!男にガン見されてると気付かれたら死ねる…)

 咄嗟に下を向いた。あからさまだったかもしれないと冷や汗を流すが後の祭りである。
 暫くしてから、そっとウェイターを見ると彼は既に移動していた。ほっとした新一はなんとか思考を飛ばすことに集中するのだった。





 そのパーティから帰ってきてから新一はぼんやりすることが増えてしまった。有希子には散々心配をかけたし、隣人も困惑していた。
 数日経った今日も授業時間を彼について考える時間に使ってしまった。もう会うことなどないだろうに、こうも頭から離れないとはなんと虚しいことだろうか。

(男に一目惚れ、なんて)

 新一の思考を奪って離さないのは何故かと考えた末思いついたのは、彼に一目惚れしてしまったという結論だった。正気なのか、という自問はもう何度もした。しかしそれしか思い浮かばなかった。

(あの人、やっぱ一般人には見えないんだよなー。あんなところにいるってことは潜入とか?警察関係者?それとも探偵か?)

 いくら考えたって出るはずのない答えを探してしまう。
 そのとき無意識に動かしていた足が止まったのは学校を出て数分程度にある路地裏のひとつの前だった。

「こんにちは。一応初めまして、ですよね」
「……ッ、な!?」

 影から現れたのはまさに新一がもう会えないと思っていた人物だった。
 驚きすぎてあんぐりと口を開けたまま固まる新一を無視して男は続ける。

「あれ?僕のこと、覚えていらっしゃらないですか?」

 にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている男はきっと愛想良く思われるであろう。しかし新一にはそれが胡散臭いものにしか見えなかった。
 新一の前に現れた時点で彼がただのウェイターではないことを示している。昔は警察の捜査に協力して多少メディアに顔を出していたが最近はそういうものもやめている。つまり彼には情報網があるということだろう。

(ていうか…見てたのバレてたのかよっ…!)
「あれだけ熱心に見つめられては気付きますよ」
「ッ!!」

 心を読まれたかのような言葉に新一はぎくりと肩を震わせた。

「…えーっと。…この間はすみませんでした。パーティ以来、ですね」
「ああ、良かった。覚えていてくれたんですね」

 新一は思わずどの口が、と叫びそうになったが寸でのところで飲み込んだ。
 新一の前に現れて一体何の用なのだろうか。じわりと警戒心が湧く。会いたいとは思ったがこうも待ち伏せのような現れ方をされると目つきも鋭くなってしまう。

「突然すみません。少しお話したくて。よければ近くの喫茶店にでもどうですか?」
「…見知らぬ人間とお茶を飲む趣味はありませんが」
「おや、失礼。申し遅れました。僕は安室透といいます。一応、私立探偵をやらせてもらってまして」
「!」

 私立探偵。新一の予想は当たっていたようだ。

「…分かりました。少しだけ、なら」
「ありがとうございます!」

 案内された喫茶店は落ち着いた雰囲気で、出てきたコーヒーも美味しかった。
 改めて、安室と名乗った男の顔を覗き見た。探偵ではなくモデルとして活躍出来そうな顔をしているな、と新一はしみじみと思う。

「僕の顔に何か…?」
「いえ、すみません。この前から思っていたんですがイケメンだなあ、と」
「君に言われるとは」

 正直に白状すると、安室は苦笑しながらそう答えた。はて、と疑問に思ったが母は元大女優だ。もしかしてどこか似ているのかもしれない。新一は己の頬にぺたりと触れた。

「それで本題なのですが、僕がこうして工藤くんに話をしに来たのはちょっとした確認なんです」
「確認?」
「はい。お恥ずかしながら、僕の探偵としての依頼はさほど多くありません。そしてこの前のパーティ会場、あのときは依頼で調査中でした。そこで名探偵と呼ばれる君を見かけたもので、もしかすると僕より先に何かを見つけて解決してしまうかもしれないと危惧しました」
「つまり、オレが仕事の邪魔をしていないかと?」
「あはは、簡潔に言えばそうなりますね」

 悪びれもなく笑う安室に新一はひくりと顔を引き攣らせた。

「あそこにいたのはたまたまなので安室さんの邪魔になるようなことは一切してないですよ」
「そうでしたか。気を悪くさせたなら謝ります、突然訪ねてきてすみませんでした」
「あ、いえ。オレが安室さんのこと見てたから勘違いさせてしまったんですよね」

 眉を下げて困った表情をされてしまえば新一も強く出ることは出来なかった。なにせ、一目惚れしてしまった相手だったので。我ながら底知れない男を好きになってしまったと思う。

「そうだ。よろしければこれからも会って相談に乗ってくれませんか?もちろん報酬はお支払いさせていただきますので」
「えっ…!?」

 安室からのまさかの提案に新一は動揺した。てっきり今を最後に今度こそ、もう会えないだろうと思っていたからだ。
 新一の心は弾んだ。だがもう一方で、怪しいと警報を鳴らしている。しかし結局のところで新一の答えは一つしかなかった。

「是非お願いします!でも報酬はいりません。代わりにオレの方からお願いしてもいいですか?」
「もちろん、受けていただけるのですから僕に出来るのならばなんでも」
「相談のついでで構いませんのでオレとのお喋りに付き合っていただけませんか」
「…それは、」

 安室は怪訝な表情を浮かべた。当然だろう。だが新一は笑顔を崩さないまま続けた。

「探偵の方と友好な関係を築きたくて。ほら、安室さんの言う通り探偵同士ってやっぱり商売敵みたいになっちゃうじゃないですか」
「ああ、確かに。…分かりました、僕で良ければ。工藤探偵のお眼鏡にかなうといいのですが」

 そうして連絡を交換すると、互いに胡散臭い笑みを浮かべたままの初対面は終わった。
 自宅までの道のりを歩きながら、新一は知らない間に口角を上げていたのだった。





 安室から最初の連絡が来たのはその一週間後の昼休み。新一が教室でぼんやりとスマートフォンからネットサーフィンに興じていればふと画面が暗転して、そこには安室さん、と表示されていた。
 昼休みが終わるまでまだ時間はある。特に拒否する理由もないので通話に出た。

「もしもし」
『こんにちは、工藤くん。早速で悪いのですが都合のいい日はいつでしょうか?』

 どうやら早々に相談があるようで、新一の予定を聞かれた。
 警視庁からの捜査協力のこともあり、帰宅部である新一は今のところ放課後の予定は空白だ。数秒の間を置いて返事をする。

「…オレはいつでも構いませんよ」
『そうですか!では明日にでもお願いしたいのですが』
「分かりました。場所はどうしましょうか」
『ではこの間と同じ喫茶店で。工藤くんも気に入ってくれていたようですし』

 バレている。さすが探偵、人を観察することには長けているということか。新一もつい癖や表情などを見すぎてしまうところがあるので人のことを強くは言えないが、これからはなるべく控えめにしようとそっと誓う。

「あはは、お気遣いどうも。それではまた」

 そう言って通話を切ると、長いため息を吐いた。気づかぬうちに緊張していたようだ。

「なに?工藤。また依頼?」

 近くにいたクラスメイトが雑談がてらに話し掛けてきた。

「いや、ただの知り合い」
「えっ嘘!すげー嬉しそうだったじゃん!」
「はあ?そんなんじゃねーよバーロー」

 顔に出ていたのか。新一は誤魔化すために悪態をついた。安室と話すのは緊張もあるが楽しくもある。探り合いをしているというのにそれがどこか心地好いのだ。

「まーた頬緩んでるぞ」
「………」

 己はそこまでポーカーフェイスが下手だっただろうか。クラスメイトのニヤけた顔に、今度は何も言えず頬杖をつき、手で口元を覆った。もういつ自分がボロを出してしまうか分からなかった。





「うーん、怪しいですね」
「おや」
「ここまで完璧にアリバイがあるのはさすがにおかしいです。オレもこの男に目をつけます」

 こうして安室の相談に乗ると称して、馴染みになりつつある喫茶店で落ち合うのも四回目になる。
 安室からの連絡は彼の仕事の関係なのだろう、不定期だった。一回目と二回目は日にちが三週間も空いていた。三回目はそれから三日目で、今日は前回から十日後である。
 内容はよくある落し物探しや浮気調査の類ばかりだったが、本日の内容は何故だか架空の事件についてといういささか首を傾げるものだった。しかし始めてみると新一はあっという間に夢中で安室との議論に没頭した。
 彼は新一並か、それ以上に知識が豊富だと感じていた。新一の話すスピードに戸惑う素振りもなくついてくる安室がどうして優秀な探偵として名を上げていないのか不思議に思うくらいに。
 そう思いながら安室を見上げると、彼はこちらをじっと見つめていた。それに首を傾げる。

「安室さん?」
「…ずっと思っていたんですが、工藤くんは推理をするとき、まるで水を得た魚のようだな、と」
「はは、よく言われます」

 新一はカラカラになった喉を潤す為にカップに手を伸ばした。中身はすっかり冷めてしまっている。だが薄くなったアイスコーヒーよりは断然こちらの方が良い。

「…でも、安室さんと話すのも楽しいですよ」

 これくらいなら不自然な思われないだろうとなんでもないようにカップに視線落とした状態でさらりと告げてみる。心臓はバクバクとうるさいが彼に聞こえなければ関係ない。
 ありがとう、とでも返ってくるのだろうと待っていれば訪れたのは沈黙。そろりと顔を上げると安室は笑顔を浮かべたまま固まっていた。

「あの…」
「…っあ、ありがとう。工藤くんにそう言ってもらえるとは嬉しいですね」

 声を掛けるとはっとしたように意識を戻した安室が返事をした。しかしそれはおざなりで、新一は今すぐにでも前言を撤回したくなった。もしかしたら新一の想いがどこからか溢れていたのかもしれない。彼は鋭い人だから、それに気が付き困惑を隠せなかったのだと思う。
 つい先程まではあんなに楽しく会話していたというのに、それからお開きになるまでは新一も安室も言葉少なになってしまっていた。
 もう誘いもなくなってしまうかもしれない。そう覚悟もしたのだが、予想に反して帰り際の安室はまた連絡します、と言う。

(いっそもう…ケリつけっかな)

 新一は決意をして気合を入れるようにぐぐっと伸びをした。





 風呂も済ませ、いつでも就寝出来るような状態のまま自宅のベッドの上で新一はスマートフォンと睨み合っていた。新一が自分から安室に連絡を試みるのは初めてで、だがそれが安室と最後にする為というのは皮肉なことだった。
 アドレス帳を開き安室の名前をタップする。一瞬躊躇して指が迷う動きをしたが、それでも電話を掛けるまでに数秒もかからなかった。
 プルル、と呼び出し音が鳴る。一回目、二回目と心の中でカウントしていく。もし、このまま彼が出なかったら自分はどうするのだろう。そういえば考えていなかったと思い至る。

(明日、かけ直すだけだな)

 新一は告白することを覚悟したのだ。結果は見えていてもそれがなんだというのか。元々こんなに話せるとも思っていなかった恋だ。向こうはどう思っていたのか分からないが、少しでも仲良くなれたと思えただけで僥倖だった。
 六回目が鳴り、これは明日まで猶予期間が延びたかと思われたとき。呼び出し音が消え、もしもし、と声が聞こえた。

「すみません、夜分遅くに」
『まだ起きていたので平気ですよ。どうしましたか?工藤くんからの電話は初めてですよね』
「…安室さんに話したいことがあるんです」

 ぎゅう、とシーツを握り込んだ。手は汗ばんでしまっている。

『そうでしたか。ではまたこちらからかけ直しても…』

 こちらの緊張が伝わったのか、安室の声色が少しだけ変わった。安室が時間を作る、と言う前に新一は遮って告げる。

「いえ、電話で大丈夫です。むしろ安室さんの方が会いたくなくなるでしょうし…」
『…どういうことでしょうか』
「……初めて見たときから安室さんのことがずっと気になっていました。オレなりに考えて、それが恋だと気がついて。あなたと少しでも…話せて嬉しかったです」
『……』

 彼が電話を切る前に出来る限り伝えようと新一は続ける。

「本当はまだまだ会いたいんですけど、今日の様子からだともうバレてしまったんじゃないかってそればっかりぐるぐると考えてました」
『……』
「だから、この電話でもう、終わりにしませんか?」

 一気に捲し立てるように喋った為、焦りや羞恥も伴って新一の頭の中はぐちゃぐちゃだった。それでも、伝えたかったことは口に出来た気がした。
 安室はなんと言うだろうか。呆れられるのか、嫌悪されてしまうのか。いずれにしろ新一はマイナスな言葉ばかりを想定していたので、安室から発せられた威圧感のある声にびくりと身体を震わせた。

『は?ふざけるなよ』

 今までの安室はどこへ行ったのか問いたくなるような声色は、言葉遣いも合わさり一瞬別人かと思いそうになった。

「へ」
『もう会わないだと?冗談じゃない』
「あの、」
『いいか。明日の二十一時だ。直接君の家へ行く』
「ちょっ、なんで家を知っ…」

 怒濤の勢いで告げられた為、碌に返事も出来ずに電話は切られてしまった。
 呆然とベッドの上で暗転したスマートフォンを見つめることしか出来ない新一は、それでも明日の予定の時刻をしっかりと記憶していた。





 新一はどんな顔をして安室と対面すれば良いのかさっぱり分からなかった。
 結局新一の告白については一切の返事がなかった。しかし安室はいつの間にか知っていたらしい新一の家へ訪ねて来ると言う。いや、家を知られているのは今更なのかもしれない。そもそも安室が突然新一の前に現れたのが始まりだったのだから。
 現時刻は二十時五十分を回っていた。約束の時間が迫るなか、新一はリビングのソファに座りただひたすらに安室の来訪を待っていた。まるで罪状を告げられる寸前の罪人の気持ちである。時計の針の音がやけに響いているように感じていた。
 そのとき、チャイムが鳴らされた。勢いよく顔を上げ時計に目を遣ると、二十時五十五分だった。律儀に五分前行動らしい。
 大人しく玄関を出て門へと向かった。昨夜の安室の声を聞いたあとだとどうしても逆らおうと思えなかったからだ。
 門の前にはいつものラフな服装とは違う、スーツ姿の安室が立っていた。

「…こんばんは」
「こんばんは、工藤くん。昨日ぶりですね」

 しかし挨拶をする安室からは昨夜の威圧感が全くなかった。これにはいよいよ新一も混乱してきた。

「とりあえず中へどうぞ」
「ありがとうございます。お邪魔します」

 近所の目もあるので中へ通す。ちらりと盗み見る安室の見慣れないスーツ姿に、こんなときだというのに鼓動が早くなった。
 リビングに案内し、コーヒーでも、と声を掛けたが彼はお構いなく、と首を振る。
 さあ工藤くんも座って、と言われたので安室の向かい側へと腰掛けた。

「それで安室さんはオレに何を…」
「文句を言いに来たんだ、クソガキ」
「ヒエッ」

 腕を組み、いつも通り表情はにこにこと虫も殺さぬような笑顔から飛び出したのはやはり、昨夜に聞いたあの低音の声だった。

「一人で完結してもう会いません、だって?勝手に決めてくれるなよ」
「で、でも安室さんは男にそういった好意を持たれても平気なんですか?」
「そんなわけないだろう。可能なら会いたくない」
「…っ、」

 きっぱりと一蹴する安室に新一はぐ、と唇を噛み締める。好きな相手にバッサリ斬られるのは想像以上堪えた。おまけに言葉遣いがきついものへと変わっているので余計に突き刺さる。昨夜といい、もしかしてこちらが本当の顔なのだろうか。

「じゃあ…いいじゃないですか。なんで安室さんはわざわざ会いたくない相手を訪ねてきたんですか」
「そんなの、俺が聞きたい。君と話すのは正直楽しかった。だから俺から離れるなんて許さない」
「…は?」

 苦虫を噛み潰したような顔でのたまう安室に新一は安室の顔をまじまじと見た。
 安室の言っていることは滅茶苦茶だ。彼自身は気がついていないのだろうか。安室の言うそれは、まごうことなき告白にしか聞こえなかった。

「なんだ」
「え、えー……安室さんってもしかして鈍感って言われませんか?」
「はあ?君に言われたくはないが?」

 言外にあるわけがないと告げられた。ついでに何を言ってるんだコイツはという視線も頂いた。
 どうすればいいのだろう。とりあえず新一はいくつか質問をすることにした。

「安室さんはオレのことを好きじゃないんですよね」
「君のことはそんな目で見れないな」
「でも会わないのは嫌と」
「認めない」

 頑な態度の安室に新一は頭痛がしてきた。

「…なら、こうしましょう。オレ、頑張って安室さんへの想いを断ち切ります。それまで会わないようにしませんか?大丈夫だな、と思ったら必ず連絡しますので」
「……それは、君が他の奴を好きになる、ということか」
「うーん…今はまだ考えられないですけど、まあいずれ、そうですね」

 新一は名案だと思ったのに、何故か安室は呆然と、まるで迷子のような不安げな表情を浮かべている。その表情はなんなんだ。新一は勘違いをしてしまいそうだった。

「っ、それも駄目だ!」
「は、はあ!?なんでですか!?」

 がばりと立ち上がり抗議する男に、新一も同じく立ち上がった。

「分からない!だが駄目なものは駄目だ!」
「〜〜ッ!アンタさっきから自分がどれだけ滅茶苦茶なこと言ってるか分かってます!?オレにアンタを好きでいたまま会え、って…本当、なんでこんな男…」

 新一は目の奥がぶわりと熱くなった。だがこんな場面で絶対に泣くことなど御免だった。

「工藤、くん」
「まだ何か!?」
「え、いや、その、君に泣かれるのは困る」
「はあああ!?この期に及んでまだ言いますか!?ていうか泣いてませんけど!」

 しどろもどろな安室はとても珍しいが、新一にはそんなことを気にしていられる余裕などなかった。少しでも気を緩めたら彼の前でみっともなく泣いてしまう自信があった。

「………はあ。一度、頭冷やしませんか。安室さん、疲れててそんな支離滅裂なこと言ってるんだと思いますよ」
「、俺は冷静だ」
「絶対違いますってば」
「なんだと」
「じゃあアンタがさっきから言ってること、告白以外のものならなんだっていうか教えてくれよ!」
「…は、」

 今度こそ、安室の口が開いたまま固まった。
 新一はもうやけくそだった。顔が熱い。恥ずかしい。これで本当に引かれるかもしれなかったがそれでも、安室の考えを知りたかった。

「………………ちょっと待ってくれ」

 顔を覆った安室のか細い声は動揺を如実にあらわしていた。
 新一はコーヒー煎れてきますね、とだけそっと呟いてその場を離れた。
 やはり、彼は疲れていたのかもしれない。今から冷静になると新一のことをきっぱりと振るのだろう。

「どうぞ」

 カップを安室の前へコトリと置いた。自身は持ったまま座り、口につける。
 ようやく顔を見せた安室は居心地の悪そうな表情をしていた。

「…ありがとう」
「いえ」
「まずは先程の醜態を詫びさせてくれ」
「はあ…」

 新一はつい気の抜けた返事をしてしまった。

「その…君から指摘されて考えたんだが、俺は確かに君のことが好き、みたいだ」
「…みたい?」
「すまない、まだ、自覚がなくて」
「ええー…」

 思わずジト目で安室を見つめた。情けないとは思っているのか、一向にこちらを見ようとはしなかった。しかし微かに耳が赤くなっているのを見て目を瞠る。

「結局オレは良い返事貰えてるって解釈してもいいんですか?」
「うん…工藤くんが他の奴のところに行くって考えただけで腹が立つ」
「ひょえっ」

 その独占欲は変わらないのか。新一は苦笑を浮かべてしまった。

「安室さん、オレに申し訳ないって気持ちがあるなら一つ聞いても?」
「なんでも言ってくれ」
「それが安室さんの素なんですか?」
「…ああ、そうさ。幻滅したか?」
「ふーん」

 カップをテーブルに置いて立ち上がった。そうして彼の横へと移動する。安室は不思議そうにこちらを見ていた。

「うん。あの胡散臭い笑顔よりよっぽど良いんじゃないですか?」
「はは…はっきり言うね」

 安室の手をぎゅっと握り、新一はそれはもう眩しいほどの笑顔で告げた。

「仮面が剥がれかけてるついでにお名前も聞きたいですね」
「…そこまでお見通しか、流石は名探偵。…初めまして、降谷零だ」
「初めまして、工藤新一です!」



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