名探偵は守りたい02



 アルバイト帰りの夜道。快斗は微かに背後からの気配を察知して、それが危険なものではないことを確認するとくるりと振り返った。
 素人目では全く分からないであろうプロの尾行。思わず拍手しそうになるほどそれは見事なものだった。

「何の用です?」
「………はは。バレていたのか」

 しばらくの沈黙のあと、諦めたように返事をして、どこからともなく男が現れた。
 黒い帽子に黒いパーカー、ジーンズのパンツに黒のスニーカー。宵闇に溶け込むための姿は、目にすれば明らかに異質だった。

「気配には敏感なんですよ」
「なるほど。さすが、と言っておこうか」
「…それはどうも」

 目の前の男は快斗のことをどこまで知っているのか。ただのマジシャンが得意な大学生には少し不釣り合いな賛辞を述べた。

「そう警戒しないでくれよ」
「尾けておいてよく言いますね。それで?」
「少し調べさせて貰いたくてね。尾行には自信があったんだけど君には通用しなかったみたいだ」
「何かやらかした覚えはないんですが…」

 わざとらしく肩を竦めてみせる。
 この男のことは苦手だ。前にミステリートレインで接触したあと素性を調べてみたがほとんど情報は出てこなかった。さすが公安警察のゼロと言ったところか。
 久しぶりにする探り合いのやりとりに内心舌打ちをする。警察に追いかけられることに心当たりがないことはないが、公安に追いかけられることはしていないはずだ。

「ああ、悪い。君本人がどう、というわけではないんだ。…それとも思い当たることでも?」
「まさか。…はっきり言ったらどうですか、工藤のことでしょう」

 その名前を出した途端、わずかに男の目尻がぴくりと動いた。実に分かりやすい。

「…へえ。何故僕と工藤くんが知り合いだと?」
「アイツの周りは何かと騒がしいですからね。こちらが用心しておくに越したことはないでしょう」
「随分過保護なんだね」
「貴方がそれを言うんですか」

 この男の目的が自身と同じことに気が付き、名探偵の罪深さに遠い目をする。
 つまり男は、快斗が工藤に危害を加えないかどうか見極めていたというのだ。あの、どう見ても忙しくしている男が、だ。
 男ーー降谷零は快斗が工藤の隣にいても大丈夫だと判断したのか、口元を緩めるだけで快斗の言葉に答えると、踵を返して歩き出した。

「ああ、そうだ。工藤、アンタに何か隠し事してるみてーだからちゃんと見てやってくれよ、”安室”さん?」
「…!それは、」

 降谷の動揺が伝わってきたので満足して向き直る。
 工藤は何も言わないが、彼の身体が小学生だった頃から感じていたことがある。それが何なのかはさっぱり分からないが、どうやらトップシークレットだったようで降谷にも話していなかったらしい。しかも工藤に隠し事があったというだけで公安警察がこの慌てっぷりだ。

(愛されてんなー、名探偵サマは)

 工藤のお陰でもの凄く神経を使わされてしまった。今度パフェでも奢って貰わなければ気が済まない。
 快斗は心底疲れたと大きなため息を吐いてそんなことを計画しながら、自宅への歩みを再開した。
 背後の気配は既に残ってはいなかった。



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