励ます : 悲しむ顔は見たくないから


ぜぇぜぇと切れる息を整えようと身体を屈める。顔に滴り落ちる汗を鬱陶しく思うがタオルを持ってくる体力は生憎今のボクにはなく、仕方なくぽたぽたと床に零れるのを眺める。


「………っはあ、」


大きく息を吐いて吸うとたくさんの酸素が入ってきた。それからゆっくりと深呼吸をする。


「黒子」
「……あ、」


赤司くん。言葉にはならなかったから心の中で名前を呼ぶ。
彼はボク程汗をかいておらず、涼やかな顔でボクを呼んだ。いくらボクの指導だけだといっても彼もそれなりには動いているはずだからもっと疲れた様子を見せてもいいと思うのだがやはり鍛え方が違うのか。


「今のはなかなか良かったと思うぞ」
「……あ、りがと、ござ、ます」


なんとかお礼を告げると「無理するな」という言葉とともにタオルとドリンクを差し出された。なるほど、先ほど何処かへ行っていたのは部室にこれを取りに行っていたのか。改めて気が利く人だと思う。


「………落ち着いたか?」
「…お陰様で、なんとか」


身体はまだ怠いと訴えていたがせっかく教えてもらっている身なのだからこれ以上休んでもいられない。


「…いや、今日はこれくらいにしよう」
「えっ、ボクまだやれ、」
「ないだろう。身体を休めるのも重要だ」
「……はい」


こう言われてしまえばボクに反論の余地はない。大人しく下がれば赤司くんは優しく微笑んでタオルを掛けているボクの頭を撫でた。布越しでも感じる暖かさにほんわりと和んでしまう。
普段は鬼のようだと恐れられている彼だけど、たまに見るこういう優しさが胸をくすぐる。


「もう少し休んだら帰るか」
「…はい」


――ボクは、赤司くんが好きだ。


*


青峰くんと第四体育館で一緒に練習を始めて、同じコートに立とうと約束をした。青峰くんはこんなボクでも笑って迎え入れてくれた。それが嬉しくてボクももっと上手くならなきゃ、って思った。
だけど、ある日の昇格試験でボクはまた三軍から昇格出来なかった。一生懸命やったのに。周りはどんどん上手くなっていくのに。ボクは顧問に直接"バスケは向いていない"と言われた。それはつまり、遠回しに辞めろと言われていて。
その日は制服に着替えて第四体育館へと向かった。そこには既に青峰くんがいて、一人自主練をしていた。ボクが来たことに気がつくと一瞬顔を緩めたが、ボクの様子がおかしいことに気がついたのかすぐに眉を寄せた。


「…テツ?」
「……青峰くん、ボク、バスケ部を辞めようと思います」
「…は?」


ボクの言葉に青峰くんはめいいっぱい顔をしかめた。
でもボクはもう決めたのだ。別にバスケは部活だけじゃない。近所のコートで趣味程度でも出来るのだ。そこでやっていれば誰に何を言われることはない。もしかして最初からそうしていれば良かったのかもしれない。


「テツ…!」
「あお、」
「青峰、ここで何をしている」


でも、そこでボクは神様に出会ったのだ。


***


この短期間での黒子の成長には目を見張るものがある。
あの日、最近自主練をする青峰の姿が見えないからとたまたま足を向けた第四体育館で見つけたときは正直ここまで伸びるとは思っていなかった。
しかし最近は本当に黒子を能力だけで育てているのか自分でもよく分からなくなっていた。
こうやって、意識せずにいつの間にか黒子の頭を撫でるなどスキンシップをとっている。黒子に触れると驚くほど気持ちが和らぐ。
もっと触れていたいという気持ちを抑えて、名残惜しく黒子から手を離す。黒子は撫でられていたとき気持ちよさげに瞑っていた目を開けた。


「…、帰るか」
「…はい」


これと言って話すことが見つからず帰宅を促せば先ほどと同じ返事が返ってくる。先に立ち上がって手を出せば黒子は何も言わずに俺の手を握って立ち上がる。
その手を一度強く握り締めてから解く。やっぱり名残惜しく感じてしまうのは、俺が黒子に恋慕を抱いているからだろう。


「俺も大概かな…」
「?赤司くん、何か言いました?」
「いいや、何も」


ぼそりと呟けば黒子は耳聡く拾ってきたのでさらりと流す。
こてりと首を傾げるも、俺が話さないと分かったのかそのまま更衣室へと歩を進めた。


*


帰り道、黒子は重い身体を引きずりながらもマジバに行くと言い出した。
また無茶な、とは思ったが黒子は言ったら譲らないから呆れた顔をしながらもついて行くことにする。さすがに今の黒子をやすやすと野放しには出来ない。


「赤司くんは過保護すぎませんか?」
「…迷惑か?」
「いいえ、嬉しいです」


そう言ってくすくすと笑う黒子に内心ほっとする。つい他のメンバーよりも黒子を優先させてしまうからこの気持ちがバレてしまわないか不安なのだ。
しかしどうやら黒子にはただの過保護だと思われているらしい。それが少し寂しく感じるが距離を置かれるよりは全然いい。
ぽつぽつと、なんでもないような話をしていれば、行き着けのいつものマジバが見えてきた。ここでバニラシェイクを買えば、黒子とは別れるだろう。そう思って、もう大丈夫か?と問おうとすれば黒子がこちらを振り返った。


「赤司くん、少しお時間頂いてよろしいですか?」
「あ、あぁ。大丈夫だが」


まさか黒子から申し出があるとは予想しておらず、戸惑ってしまう。
黒子はありがとうございます、と言って店内に足を踏み入れたのでそれを追う。
黒子はもちろんバニラシェイク、俺はコーヒーを注文して席を見渡す。いつもは大勢で来ているのでボックス席なのだが今日は二人なので、そそくさと二人席へと向かう。
改めて二人きりだということを意識してほんの少し胸の鼓動がはやくなった気がした。


「……」
「……」


お互いが口を開かず、沈黙が続いてコーヒーだけが消費されていく。二つほど離れた席に座っているサラリーマンが忙しなくキーボードに打ち込んでいる姿をぼんやりと見つめていれば、ズコーというこの場にそぐわない音が響いた。


「…すみません」
「…っくく」


耐えきれずに吹き出せば、黒子は気まずそうに目を逸らした。
それをきっかけにか、自然と黒子は口を開いた。


「……赤司くん、ボクは迷惑になっていませんか?」
「どういうことだ?」
「たまに、すごく自信がなくなって、落ち込むんです。ボクはチームの役に立てるんだろうかとか、赤司くんに、手を煩わさせて申し訳ないなとか」
「そんなわけない」


目を伏せて下がる眉に、俺はするりと言葉が飛び出た。本心だった。これが、ちゃんと黒子に届いてほしかった。


「俺の判断に誤りがあるはずないだろう?お前の否定は、俺の否定に繋がる」


こんな言葉でしか励ませないけれど、俺は黒子の悲しむ顔を見たくなかった。いつだって、ふわりと、見ていてこちらまで笑ってしまうような笑顔を浮かべていてほしい。


「…ありがとうございます。……赤司くん、もう少しだけ、一緒にいてもらっていいですか?」
「構わないよ」


そう言うと、黒子はあまりにも嬉しそうに笑うものだから、つい見惚れてしまった。
――黒子も俺と同じ気持ちだと、自惚れてしまいそうじゃないか。


***


最近、不安になるのは少なくなかった。
この全戦全勝を掲げる帝光中学で、たくさんの優秀な部員がいるなかで、果たしてボクなんかが役に立てるのだろうかと。
だから直接否定してもらいたかった。ボクを見出してくれた彼に。
素直に赤司くんに話せば彼は否定どころか彼なりに励ましてまでくれた。ボクは思わず嬉しくなって、赤司くんに甘えてしまう。
しばらく一緒に居ていいか、なんて女々しいやつだと思われただろうか。
それでも彼はこうして一緒に居てくれる。
そういえば彼はボクに対して過保護だということも認めた。ボクの気のせいではなかった。
――なんだか、赤司くんに期待してしまいそうだ。







励ます
(好きだから、悲しむ顔を見たくない)







----------
√2様に提出しました。

一軍に入る前の頃の黒子くんはそんなにメンタル強くなさそうなイメージなのです。
そんな黒子くんを赤司くんが励ましてたらいいなあ、と。

企画に参加させていただきありがとうございました!


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -