恋は盲目


恋は盲目、とはまさに今の自分のことだろうとアイチの冷静な部分は考える。
櫂に恋をしていると気付いたのは果たしていつだっただろうか。出会った当初かもしれないし、再会してすぐかもしれない。はたまた、アイチを闇から救ってくれたときか。彼に救われ、勇気をもらったことは幾度となくある。
とにかく、きっかけはいつであろうとアイチが櫂のことを好きになってしまったことは変わらない。彼に対する想いは日々膨らんでいるのだ。
だからだろう、最近自分でも知らぬうちにぼーっとしてしまっていることが増えたのは。カードファイト部のみんなに指摘されてようやく気付いたのだ。
カードキャピタルに行けば櫂に会えることが多くなった。中学の頃よりも櫂との関係は親友と呼んでいい程良くなり、ファイトを持ち掛ければ応えてくれるし、ヴァンガード以外の話だってよくするようになった。
けれど櫂に恋をしていると自覚してからはそれだけでは物足りなくなる。櫂の側にいたい、もっと色んなことが知りたい。
そう思うようになった頃には、櫂のことが頭から離れなくなってしまった。授業中もつい考えてしまい、ノートを取り損ねそうになることもあり、さすがにこれはないな、と苦笑はしたがそれをやめることは出来なかった。
アイチのこんな様子はカードキャピタルに来ているときにまで出てしまった。
櫂とカムイがファイトしているのを三和とアイチで見ていたときだった。
櫂の綺麗な指先がカードを扱う。リアガードでアタック。ノーガード。やり取りはアイチの耳をすり抜けていく。ただひたすらに櫂の指をじっと見つめる。ヴァンガードでアタック。ツインドライブがめくられる。クリティカルトリガー。カムイのガードを嘲笑うかのようにアタックがヒットする。

(この手は僕と、どれだけ違うのだろう)

カードの大きさからすると中学の頃よりは成長した手も櫂には追いついていないのだろう。優しく包み込まれて、体温を感じたい。
頭を撫でられたこともあったが、あのときですら櫂の体温を感じたのだ。直に触れたらどれだけ心地良いのだろう。考えただけでも速くなる鼓動を抑えるよう手首を握り締める。

「…チ、アイチ?」
「………えっ?、と、みわ、くん?」

ポン、と肩に手を置かれて自分が呼ばれていたことに気が付く。見れば二人はファイトを終え、既にデッキをケースにしまい終えていた。カムイの様子から察するに櫂の勝利だったのだろう。しかし自分はその辺から覚えがない。またやってしまったのか、しかも櫂のファイトを見ているときまで。

「ご、ごめんね。何かな?」
「や、別に何もねーんだけど、アイチどうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
「……本当か?」

心配そうに三和に覗き込まれるも、こんなことは誰にも言えないだろうと慌てて首を振り笑顔を見せる。しかしそれに疑念の声を出したのはカムイと話していたはずの櫂だった。
見ればカムイからも、お兄さん具合い悪いんですか?と問い掛けられている。

「本当だよ、平気」
「アイチ、最近そんなんばっかでしょ。今日はもう帰りなよ」

ミサキがカウンターから出てアイチの元に来て声を掛けた。ついでにとばかりに学校での様子も見かねて帰宅を促す。

「アイチ、帰るぞ。送るから鞄を持って来い」
「えっ!?いいよ、僕は大丈夫だから!」
「ここは櫂の言葉に甘えとけってアイチ!な?」
「そうだよ、風邪気味かもしんないし。ね?」
「お兄さんお大事に!」

立ち上がりデッキケースを片付ける櫂に全力で遠慮するが、三和とミサキに背中を押されカムイに手を振られては、アイチは鞄を手に取り、先に自動ドアをくぐった櫂を追いかけるしか道はなかった。

「櫂くん、迷惑かけちゃってごめんね。それにまだファイトしたかったよね」
「気にしなくていい。それにファイトならいつでもやれるだろう?」
「…ありがとう、櫂くん」

嬉しい。櫂が自分の事を心配してくれている。口角が上がってしまいそうになるのを我慢して少し俯く。緩みそうになる顔を櫂には見られたくないから。

「…それで、何が悩みなんだ?」
「へ?」

しかし櫂の発言にすぐに顔を上げることになった。じっと探るように翡翠の瞳がアイチを見つめる。この目に嘘はつけないなあ、と視線をずらして意味のない言葉を吐く。

「えっと、その、」
「……」

立ち止まった櫂に、こちらの足も止まる。もしかしてこちらが話すまで待つというのだろうか。ならば何か言わなければ。用事があるからと断ろうか、でも、相談に乗ってくれようとする櫂の好意を無駄にするなどアイチには到底出来ることではなかった。
もしも本当のことを言ったら、櫂はどんな反応をするのだろうか。戸惑い?驚愕?拒絶?嫌悪?
少なくともアイチにとって嬉しいと思える反応が全くイメージ出来ない。

「…どうしても話せないのか」
「………うん」
「それは俺だからか?」
「違うよ。誰にも、エミにだって話せないんだ」

そうか、と静かに櫂は頷いた。
沈黙が場を包む。夕飯時だからか辺りは時折車が通るくらいでしんとしている。どこかでにゃあ、と猫が鳴いたのが聞こえた。

「……アイチ、俺はお前が好きだ」
「…………?」
「だからお前が悩んでいる姿は見たくない。俺に出来ることがあるならなんでも言ってほしい」
「か、櫂くん」
「すまない、突然こんなことを言って」

呆然と、アイチは櫂を見上げた。これは夢なのだろうか、それともアイチが作り上げた都合のいいイメージなのだろうか。
自分が泣いているということが分かったのは憧れた櫂の、あの綺麗な指がアイチの目元をそっと拭っていたからだ。

「うそ、じゃないの…?」
「こんな嘘など吐かない」
「じゃあ、言っていいの…?」
「アイチ?」
「ぼく、僕も櫂くんのことが好き、大好き。他のことが考えられなくなっちゃうくらい、大好き…!」

ぐい、とアイチは身体を引き寄せられ櫂の胸へ飛び込む形になった。誰かが見てるかも、などという考えは吹き飛び、ただ櫂が抱き締めてくるのを享受していた。
だんだんと現実味を帯びていくように、櫂の体温が全身に伝わってくると、アイチもそろそろと行き場のなかった手を櫂の背中へと回した。

「おまえこそ、ほんとうか」
「うん、うん!」

少しだけ、櫂の声が震えたように聞こえた。アイチと同じく不安だったのだろうか。そう思うと愛しさがこみ上げてくる。
しばらくそうしてぎゅうぎゅうと抱き締めあったあと、名残惜しげにゆっくりと離れた。

「それで、お前の悩みは聞かせてくれるのか?」
「あ、それね、今解決しちゃったんだ」

ぱちり、と目を瞬かせてぽかんとした櫂の顔をアイチは見つめながら、今日はいろんな櫂くんが見れて幸せだなあ、と微笑んだ。

(これからはもっといろんな櫂くんが見れるのかな、でも、きっとどんな櫂くんも素敵なんだろうなあ)





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恋は盲目というよりも、櫂トシキしか見えてないアイチ。


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