ゼロから始める祝福生活01


※転生、現パロ



 突然だが、菜月昴は前世の記憶がある。確か、五歳くらいの頃だっただろうか。突然すとん、と昴の記憶の中に落ちてきたのだ。その記憶によると、周りの人間もほとんど変わらないため前世と呼んでもいいものか些か謎だったが。
 記憶の中の自身はごく普通の引きこもり男子高校生であったが、突如異世界へ召喚された。しかしそんなナツキ・スバル与えられたのは死に戻りの能力だけで、文字通り死に物狂いでそれはもう奮闘したのだ。そうしてスバルが守ると決めた少女や、スバルの背中を押してくれた少女、スバルの手を取ってくれた少女、その他にもたくさんの大切な仲間ができ、そんな仲間とともに襲い来る苦難を乗り越えた。やがて迎えたハッピーエンド。スバルの周りはみんな笑顔でそこにいた。
 ──スバルの記憶はそこまでだ。
 そのあと、ルグニカ王国で無事に寿命を迎えたのか、はたまた元の世界に戻ってきて死んだのか。
 きっとそのことを知ることはないのだろうが、できればスバルがいなくなっていたあとも皆笑ってくれていればいいな、と思う。
 まあ、多少は悲しんでもらいたいが。スバルは自分のことでエミリアが、レムが、ベアトリスが、仲間たちが表情を歪めてしまうのは本意ではない。
 それとも、この記憶こそが今の菜月昴に与えられた試練なのだろうか。
 今度こそ、彼女たちの笑顔を見届けることが、昴に課せられたことなのかもしれないと、その可能性も捨てきれなかった。
 だから、昴に妹ができたときそれはほとんど確信に変わった。
 十歳になっていた昴が初めて目にした妹は、クリーム色の髪をもっていて、すでにどこか縦ロールの片鱗を見せている。まだ赤ん坊のくせに、目は据わっていて、ぼんやりと無表情気味だった。そんな妹は昴を見るなり、声をあげて泣きだした。
 両親は大泣きする妹を見るのが初めてだったらしく、あの手この手でぼろぼろとこぼれていく涙を止めようとしたが一向に止まらない。ついには匙を投げたのか、呆然と立ち尽くしていた昴にお兄ちゃんの最初の仕事だと放り投げてきた。
 胡乱げな昴の視線など意に介さない両親にため息を吐きつつ、しかしその一方で緊張した面持ちで昴は妹にそっと手を伸ばす。赤ん坊に対しての接し方など右も左も分からない。それでも、もしこの妹があの寂しがりな女の子ならば。
 優しく頭を撫でてやると、妹はぴたりと泣き止み、昴の袖を小さな小さな手で握りしめたのだった。
 いつの間にか息を呑んでいた三人は、その瞬間お祭り騒ぎとばかりに沸いた。
 それは菜月家に、新しい家族が増えた日のこと。





「絶対!嫌なのよ!」
「ベア子…」

 現在の菜月家、氷河期。
 昴がベア子と呼んだこの幼女こそ、我が家のお姫様であるベアトリスだ。
 そんなベアトリスは本日、とくに機嫌が悪かった。原因はといえば。

「どうしてベティーがそんな場所に通わなきゃいけないかしら!?」
「そうは言ってもなあ…この世界では三歳になると幼稚園、もしくは保育園に通うことになってんだよ」
「……最初にそう決めた奴、許されないのよ」

 ベアトリスが可愛い顔でこれ以上にないくらいぷんすかと眉をつり上げているのは幼稚園に通いたくないとの主張によるものだった。
 ちなみにベアトリスも前世の記憶があり、最初に確認し合ったときは紆余曲折があったものだが今は割愛しておく。前世の記憶があるだけに、豊富な語彙でぺらぺらとお喋りな三歳児は一般的に見れば天才児に見えてしまうので、近所の人の前では寡黙な美幼女を貫いている。だが家族の前では前世のように小気味よいやりとりをしてくれるのだ。両親はさすがと言うべきか、ベアトリスがこんな態度でもちっとも気にしなかった。むしろいっそう賑やかとなった我が家に大変ご満悦のようだった。

「スバルはベティーがあんな無法地帯に放り込まれても平気かしら!?」
「無法っ…!?」
「だってそうなのよ…!あんな…スバルのようなわけのわからないことを言い出すガキがわんさかといるような…!」
「えっ?待って、最愛の妹に突然言葉の暴力ぶつけられて泣きそう」
「べ、別にベティーはそんなスバルもす、好きかしら!?だから安心するのよ!」
「結局否定されてねぇ!でも嬉しい!愛してるぜベア子!」
「にゃっ!?」

 勢いのままぎゅうぎゅうと抱きしめれば、文句を言いながらも無理に昴の腕の中から逃れようとはしない。それがますます愛おしくなって、頬ずりを追加。文句が増える。以下エンドレス。

「夕飯だと呼びにきたら我が子たちがめちゃくちゃ可愛いことをしていたんだが」
「ラノベのタイトルみたいなこと言いながら部屋に入ってくんな」

 そろそろ収拾がつかなくなりそうだと自覚はありながらもやめられずにいたところに、タイミングよく昴とベアトリスの父、賢一が顔を覆いながら昴の部屋の扉を開けた。ナイスタイミングだと言いたいところだが、発言には少し眉をひそめてしまう。
 ちなみにだが、両親には幸い記憶はないらしい。前世は親不孝なことになってしまったと悔いていたので、これは僥倖だった。

「息子よ、俺も混ぜろ」
「断る。ベア子が減る」
「おいおい、そんなシスコンじゃいくら天使のようなベアトリスでも気持ち悪がってすぐに兄離れしちゃうぜ?」
「ベティーはそんなこととっくに知っているから大丈夫かしら」
「ほら見ろベア子は…あれぇ!?」

 妹から見事に背中を刺された。どうにも先ほどからちくちくとダメージをくらっている気がして昴は首を傾げる。おかしい、ベアトリスのツンの比率が高い。機嫌が悪いからだろうか。というかそもそも何故ここまで。

「なんでそこまで嫌がんの?ペトラとか上手くやってたじゃねぇか」
「……………ベティーは、スバルと離れるのが、嫌、なのよ」
「〜〜〜ッッ!!ベア子〜〜〜ッッ!!!」
「むきゃー、かしら!!」

 耳まで真っ赤にした妹の姿に、昴はベアトリスの髪が乱れるのも構わずに撫で回した。

「そんなキュートなベア子にお願いがある」
「つーん、なのよ」
「俺は黄色の帽子と鞄を身につけ青いおべべをお召しになってベリーキュートに進化したベアトリスが見たい。だから幼稚園に行ってくれ…!」
「みゅっ!?」

 ここで本筋へと戻った昴が妹の説得にかかる。ベアトリスの背後では口パクでいけー、頑張れー、などと父親が応援していた。今更ながら、こういうデリケートな問題は普通親が頑張る場面なのではと思わなくもないが、愛しの妹が関わっているのでそんな疑問もすぐに流れていった。

「し、仕方ないかしら…スバルの為なら行ってやらんこともないのよ」
「ベア子ーッ!」
「グッジョブ、息子よ…!俺は信じていたぞ!さすがだ!よっ、シスコン!」
「おうよシスコン上等だぜ」

 そうしてお腹が空いたと焦れた母が来るまで、ベアトリスを撫でる昴を撫でる賢一という奇妙な構図は続いていた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -