それは色褪せない思い出


「久しぶりだな、アルトマーレ……」
「ピカチュ……」

 サトシとピカチュウはアルトマーレを訪れていた。
 水の都と呼ばれるここは、何年経っても変わらず綺麗な街だった。

「元気に、してるかな…ラティアス…」

 ここに来た目的は久しぶりの観光の他にもう一つ、ラティアスに会えたらと思ったからだ。
 最初に訪れた際に遭遇したあの出来事はラティオスを失ってしまう悲しい事件だったが、それでも、あの兄妹と出会い、わずかでも過ごせたことは忘れもしないかけがえのない時間だ。
 どうにかして救えたかもしれないという後悔はもう何度もして、それでも過去に戻れることなんてないのだからと前を向いてきた。気持ちを昇華することができたからこそ、今日ここを訪れることができているのだ。

「……お、水上レース」

 街中の壁に貼ってあるポスターが目に入った。そこには覚えのあるイベントの詳細が記されている。サトシはピカチュウと目を合わせると、ニッと口角を上げた。下調べもしていなかったので自分の運の良さに笑ってしまう。思い出に引きずられ、ちょうど手持ちにはワニノコもいる。これはもうきっと神様、いや護神が出場しろと仰っているのだろう。

「ワニノコ、覚えてるか?」

 モンスターボールから出して、ワニノコを抱え上げる。ポスターを見せると、ワニノコはぱたぱたと手を振って答えた。

「わにゃわにゃー!」
「うん、出ような。今度こそ優勝だ!」
「ぴかぴかー!」

 頑張れ、とピカチュウが声をかける。サトシはさっそく、エントリーをするため大会本部へと駆け出した。





 裾を捲くって軽くストレッチ。水上レースはトレーナーのバランス感覚も大事なのだ。意外と難しいこのレースは侮れない。
 ピカチュウや他の手持ちポケモンたちは別の場所から応援してもらうことになっている。ワニノコは踊っているが、気合いは十分のようだった。

「よし、頼むぞワニノコ」
「わにゃー!」

 他の参加者たちも相棒たちと言葉を交わしたり、先を見つめたりとスタート前特有の緊張感に包まれている。
 サトシもワニノコにひとこと声をかけると、あとは深呼吸をして、ぐっと紐を握りしめた。
 カウントダウンが始まった。三、二、一、と心の中で数えて、ゼロと同時に盛大にレースが開始される。サトシとワニノコは順調なスタートをきった。

「フローゼル、左だ!」
「負けるなワニノコ!」
「頑張って、カメール!」
『三人が並んでいるー!果たして優勝は誰の手に〜!?』

 サトシと並んでトップを走るのは他にもいた。三者が代わる代わる僅差で競い合いながらレースは進んでいく。勝負は互角のように思えた、そのとき。

「わにゃっ、」
「え、わっ!?……えっ!?」

 ぐん、と何かがレースの道順とは別の方向へ引っ張っていった。それも、ものすごいスピードで。
 ──覚えがある。見えないけれど、これはラティアスだ。
 されるがままに狭い水路を通り、やがて人気のない行き止まりにたどり着きようやく何かに引っ張られる感覚が消えた。慌てて陸に上がる。

「……なあ、ラティアス、なんだろ……?」

 そっと手を伸ばす。見えないのでどこにいるのかは分からない。けれど、確かにここにいるのだと、それだけは確かに分かっていた。

「きゅううん……!」

 ふわん、と赤色が見え隠れして、聞き覚えのある鳴き声がした。サトシは見えた赤色へと近付く。

「覚えてるか?オレのこと…」
「きゅ〜〜、きゅうん!」

 驚かせないよう小声で尋ねると、ラティアスはパッと姿を現して、サトシへ突進する勢いで擦り寄った。

「どわっ」
「わにゃにゃ?」

 思わず尻もちをつくと、ワニノコが窺うようにサトシの周りを跳ねた。大丈夫だと言うかわりに頭を撫でる。
 一方ラティアスはくるくると飛び回り、からだ全体で嬉しさを表現する。その様子に自然と笑みがこぼれた。アルトマーレの護神である彼女に会えるかは一か八かだったため、サトシもラティアスと同じくらい嬉しかったのだ。

「そうだ、ピカチュウたちが心配してるかも」
「きゅうん?」
「ラティアスが知らない仲間もいるんだ。紹介したいから戻ろう?」
「きゅーん!」

 そうして歩きだしたサトシについて行く前に、ラティアスはカノンという、サトシも知る少女の姿へと変身した。ラティアスが人目に触れるのは良くないこともあるため、彼女なりの護身術だ。

「わっにゃ!」
「え?……だっこがいいのか?分かったよ」
「わーにゃにゃ〜」

 しかしすぐにワニノコが訴えをだす。それはいつものことだった。
 サトシのポケモンたちは、ふとしたときにこうして甘えてくる。可愛い要望には逆らえず、そもそもサトシ自身満更でもないため拒むつもりはない。
 よいしょと抱え上げると、ワニノコは満足そうに鳴いた。
 それを、少女の姿をしたラティアスがじっと見ていた。

「…ラティアス?」

 小声で呼ぶと、彼女はハッとしたように前を向く。しかしまた数分もすると、ワニノコの方を見てそわそわと落ち着かない様子を見せた。

「……わにゃ!」
「ん?」

 ワニノコは閃いたように鳴くと、自分を指さし、そしてラティアスを指さした。そしてサトシの腕をぽんぽんと叩く。うーん、とワニノコの言いたいことを読み取ろうとサトシは考え込む。そして。

「…………あ。もしかして…、ラティアス、だっこが羨ましい、とか?」
「……!」

 サトシがそろそろと口に開くと、ラティアスはぱああっと目を輝かせてこくこくと何度も頷いた。おまけに前のめりにまでなっている。当たりのようだった。

「あー……でも、元の姿でも今でも、だっこは……そうだ!」
「?」
「だっこは難しいけど、おんぶなら出来るぜ!ワニノコ、またあとでするからしばらくラティアスに譲ってもらってもいいか?」
「わにゃ!」

 にこにこしながら頷いてくれたワニノコに甘え、そっと下ろさせてもらう。そうしてしゃがんだまま、ラティアスに背中を示す。

「…!」
「だいじょーぶだって。……っと、」

 普段から体重のあるポケモンたちから容赦のない愛のスキンシップをされているサトシにとって、ラティアスのからだは軽いものだった。あらためてピカチュウたちの元へと歩きだしたサトシの首に、少女の腕が優しくまわった。ワニノコと目を合わせ、歯を見せて笑ったサトシは、どこかで聴いた、君はひとりじゃないと告げるやさしい歌を口ずさんだのだった。



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