フレンチ・キス


今日も今日で厳しい練習が続くなか、主将である虹村の声が響いた。

「おいお前ら、差し入れだぞ」

バッと一斉に振り向いた一軍メンバーは何事かと目を見張る。差し入れなんて今まであっただろうか。明日は雹が降るのではないかと心配しかけたところで虹村は呆れたように肩をすくめた。

「言っとくが俺からじゃねーぞ、部からだ。なんでも予算が余るらしいからな」
「そうでしたか」
「赤司お前も疑ってたのかよ」
「すみません」

近付いてきた赤司が安堵の色をのせた顔を見せると虹村は口元をひくりとひきつらせた。疑ったのかと問えば、否定せず謝った副主将にデコピンを食らわせたい気持ちを差し入れの缶ジュースへのせて赤司へと投げた。

「うわっ、ちょっとキャプテンこれ炭酸じゃないですか」
「ハッ、主将を疑った罰だ。炭酸でも浴びてろ」
「灰崎!お前これな」
「ふざけんじゃねーぞ赤司ィ!」
「赤司おま…」

部員に押し付けようとする赤司に、虹村はため息を吐きながら他の集まったメンバーに差し入れを渡していく。今は夏、熱の籠もった体育館で練習に励む部員たちにとって炭酸飲料は癒しになるだろう。実際に皆気分が浮き立っているようだ。

「テーツー!おいテーツー!!」

そのひとりであった青峰はいつまで経っても寝転んでいる相棒の身体を揺すった。

「やめ…やめてください青峰くん…」
「あっわりぃ。じゃなくてほら、テツの分」
「……?なんですかこれ」
「聞いてなかったのかよ、差し入れだってさ」

そうですか、とようやくのろのろと起き上がった黒子は、ロクに缶ジュースを見ないままプルタブを開けてひとくち口にした。

「…!!っげほ!げほっ!」
「え!?テツ!?」

そしてむせた。苦しそうに咳き込む黒子に焦った青峰は背中をさすりながらおろたえた。
その様子に何人かが集まってくる。

「黒ちん大丈夫〜?」
「いえ…。あ、青峰くん、これ……炭酸……?」
「?あぁ、そうだけど」

おそるおそるといった風に訊ねてきた黒子に首を傾げながら肯定する青峰。周りもなんだなんだと黒子を見つめていると、黒子はそっと缶を置いて体育座りをし、顔を埋めた。

「っておい!なんなのだよ黒子!」
「ひどいです。この世界は残酷すぎます」
「んだよテツヤ、いつも以上になよなよしてんな」
「うるさいです。灰崎くんなんかバスに乗るとき足踏み外して脛を打てばいい」
「なんかリアルだからやめろよ!!」

ただならぬ黒子の様子に一同が理由を聞き出そうとしたところで先ほどまで黙っていた赤司が口を開いた。

「もしかして…黒子、炭酸が苦手なのか?」
「………」

沈黙は肯定。そろそろと半分だけ顔を見せた黒子は気まずそうに視線を外した。

「まじかよテツ!お前ゴリゴリ君は食ってたじゃねーか!あれソーダ味だろ」
「あれはいいんですよ」
「なんで〜?てゆーかなんで黒ちん炭酸嫌いなの〜?」
「あの舌がじくじくする感じが嫌いなんです!アイスはそんなのないですし」
「へぇ、黒子にも苦手なモンあったんだな」
「悪いですか主将」
「抜けたやつも駄目なのか?」
「一度騙されて飲みましたが絶対無理です」

ぶすっとふてくされた黒子はまた顔を埋めた。
だが意外な黒子の一面に興味津々な面子は黒子を質問責めにしたのだった。


***


「なんか今日は一段と疲れました…」

ぐったりと肩を落としてシャツのボタンをとめる黒子に赤司はくすりと笑みを漏らした。
現在バスケ部の更衣室には赤司と黒子の二人しかおらず、他の部員は皆用事があると居残らず帰ってしまった。

「笑い事じゃありません!赤司くんにだって苦手なものくらいあるでしょう!」
「あぁ、まぁね」
「えっ」
「俺もそんな気持ちなんだよ」

黒子が言い返すと、あっさりと認めた赤司に黒子はぽかんと口を開くしかなかった。あの赤司にも苦手なものが。
そして赤司は今黒子が思っている驚愕を味わっているらしい。呆けた黒子の顔を見てひとこと告げた赤司は顔を背けて身体を震わせている。どうやら笑っているようだ。

「〜〜〜っ!赤司くん!!」
「…っはあ、わかったわかった。ごめん黒子」

怒りに肩を震わせる黒子にからかいすぎたか、と赤司は笑うのをやめておざなりに謝る。
む、としながらもブレザーを羽織る黒子はもう赤司に何か言う気はないらしく、帰宅するために準備を進めている。

「ねぇ、黒子」
「……なんですか」

赤司の方を見ずに答えた黒子に赤司はふぅん、声を漏らし、ゆっくり黒子に近づく。
いつもの黒子ならば雰囲気の違う赤司の様子にいち早く気がつき離れていたかもしれないが、鞄に荷物を詰めるのに意識を向けていた黒子は、隣に来た赤司にちらりと視線を寄越すだけにとどまった。

「黒子」
「だからなんです、…っ!?」

名を呼ぶだけで何も言わない赤司に抗議の声を上げようとした黒子は、間近に寄せられた赤司の顔によって遮られた。

「あ、かしく…っ!ちかい、近い…ですっ…!」

眼前に迫った赤司に慌てふためく黒子に機嫌を良くした赤司は黒子の頬をそっと撫でる。突然の行動に驚いたのと、頬に触れる手が優しく虚をつかれた黒子は片目を瞑って小さく声を上げた。

「んっ…」
「このままキスしようか」
「な、に言って…」

雰囲気に酔ったのか突飛なことを言い出した赤司に黒子が呆れた表情をすれば、にっこりと微笑んで、なんてね、と言った。たちの悪い冗談かと黒子がほっとしたのもつかの間。

「拒否権はないけど」
「なっ……んぅっ!」

ぐっと間を詰められ、赤司の前髪が黒子の顔にかかり、やがて唇に感じるやわらかな感触。黒子が冗談ではなかったと悟ったときには、わずかに開いた唇の隙間からぬるりと赤司の舌が入り込んできた。

「んんん!…ふっ、」

今の状況に全くついていけていないぼんやりとした黒子の頭は、赤司から与えられる刺激にますます思考が霞んでいく。歯茎をなぞられ、舌を吸われ、口内を犯されているような感覚になる。

「ふぁ……ゃ…」

くちゅくちゅと生々しさをあらわす水音が黒子の耳に入り弱々しく赤司に抵抗を見せた頃、ようやく満足したのか赤司は黒子を解放した。

「はぁ、はぁ…」
「ん、大丈夫か黒子」
「大丈夫かじゃないですよ赤司くん!何するんですか!」

顔を真っ赤にして怒り出す黒子。しかし赤司から見ればそれは全く怖くなく、むしろ可愛いものだった。自然と口角が上がりそうになるのを我慢して、赤司は黒子の可愛い反抗を聞くことにした。

「君の脳内で何があったらき、キスする流れになるんですか!」
「別に何もないよ。しいて言うなら黒子が可愛かったからかな。あ、炭酸が駄目って言うから舌が敏感なのか確かめたかったのもあるかな」
「意味が分かりませんっ!そしてふざけないでください!」

黒子は別に女子でないのでファーストキスに憧れを抱いていたわけではないが、同性のチームメイトに奪われたとなれば怒鳴り散らしたくもなる。そのうえディープキスである。ただでさえ恋愛事に疎い黒子にとって今の出来事はこれまで生きてきた中で一番衝撃的な出来事だった。

「落ち着きなよ黒子」
「むしろなんで君はそんなに冷静なんですか!?」
「ははは」
「赤司くんはボクなんかのことそういう意味で好きではないでしょう?だから軽々しくこんなこと…」

赤司は黒子のことをただの友人やチームメイトとして見ているのだと判断していた。だが今日見た黒子の人間らしい一面、初めて目にした表情に、赤司は知らず知らずのうちに魅了されていたのだ。

「好きだよ」
「だから………えっ?」
「黒子が好きだよ」

説教へとなり果てていた黒子の言葉を止めたのは赤司の突然の告白だった。

「うそ、です…」
「嘘じゃないさ」

即座に赤司を否定する黒子。しかし赤司は首を横に振ると、そっと黒子の手に自分の手を重ねた。

「付き合ってください」
「ま、待ってくださ…」
「俺は本気だよ」

宣戦布告だとでもいうように赤司はにっこりと笑みを浮かべた。この笑顔はまずい、こうなった赤司は徹底的に攻めてくるだろう。
黒子にはこっそり冷や汗を流して、気のない返事を返すしか出来なかった。


――この時点ではっきりと断れなかったのは、すでに赤司に絆されていたのだと黒子が気付くのはもう少し先のことだった。







フレンチ・キス







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炭酸が苦手って聞いて萌え転がったのでネタ活かしたかっ…た…
前半は23巻を読んですぐだったのであのメンバーを、後半はちゅっちゅしてるだけの描写書きたかっただけです!!!


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