「団蔵」
 授業が終わってざわめく教室。名前を呼ばれて振り向くと、ちょうど声の主――きり丸が隣に腰を下ろしたところだった。
「何?」
「明日の休み、アルバイト手伝ってくれねえ?」
「それはいいけど……乱太郎たちは?」
 もちろん、きり丸とは級友として親しい間柄だが、このようなことを個人的に頼まれるのは珍しい。不思議に思い、辺りに視線を巡らすが、彼がいつもつるんでいる級友二人は既に教室にいなかった。
「乱太郎もしんべヱも、明日は委員会があるんだってさ」
 団蔵、どうせ暇だろ? 続けられた言葉に少し引っ掛かるところはあるものの、否定はできないので何も言わない。明日は委員会は無いし、同室の虎若のように鍛練に明け暮れる予定も無い。
「別に良いよ。何のバイト?」
「団子屋」
「売り子?」
「そーそー」
「ん、わかった」
「サンキュー。じゃ、明日の朝飯後、門の前にな!」
 そう言って彼は、尖った八重歯を覗かせてにかりと笑った。



 斯くして今朝は、朝食を急いで掻き込み、部屋の散らかり具合にご立腹なは組の母をどうにか宥めすかして、きり丸との待ち合わせ場所にやって来た。彼の姿はまだない。少し早かっただろうか。
(……なんか、俺、すごくわくわくしてる?)
 たかがバイトの手伝いだと言うのに、どうしてこんなにも気が逸るのだろう。
 久々の外出が楽しみ? それとも滅多にやらないバイトが? ……どちらも違う気がする。
 歯と歯の間に何かが突っ掛かったようにもどかしく、いくら考えても答えのヒントも見えないこの疑問に悶々とする。授業でだって、こんな気持ちになったことは無いのに。
 ああ、きり丸、早く来てくれよ。深く考えるのには慣れていないから、頭が痛くなりそうだ。
 不意に、頭を抱える俺の肩に、ぽんと手が載せられた。やっと来たのかと、半ばほっとしてそちらを振り返る。
「きり……え?」
 しかし、そこにいたのは級友ではなく、薄紅色の小袖を纏った華奢な少女であった。思わず硬直する。色白の肌、薔薇色の頬。少し開かれた口元には控えめながら紅が塗られている。
 さらさらの黒髪を緩やかに背中に流し、つり目気味の目がこちらをじっと見つめていた。
「あ……えっと、す、すみません、友達かと思って」
 しどろもどろになりながら言い訳すると、目の前の少女は軽く首を傾げて見せた。そのあまりに可憐な仕草に、心臓が跳ね上がる。
「あ、あの……あの、えっと……」
 何を言えば良いんだろう? 肩を叩かれたということは、俺に用があったのだろう。用? 用って? 道を教えてもらいたいとか?
 ぐるぐると纏まらない思考に、俺は焦った。そんな俺に、少女はちょっとだけ俯いて、肩を小刻みに震わせた。
「え、あの……!?」
 もしかして泣いている? でも、いきなり何で?
「あ、あの、ど、どうし……え?」
 少女は泣いてはいなかった。くつくつと、そしてとうとう腹を抱えて笑い出した。
「は、え?」
「……団蔵、お前、超ウケる」
「え!」
 大爆笑した名残で、ひいひいと息を整えている少女。笑いすぎで浮かんだ涙を拭いながら、彼女は歯を見せて笑んだ。
 ちらりと覗く八重歯。
「……きり丸?」
「せいかーい」
 悪戯成功とばかりにブイサインを示すきり丸に、俺は思いきり脱力したのだった。



「団蔵ってば、まーだ怒ってんの?」
「別に怒ってはいないよ」
 烏の鳴き声が響く夕暮れ、俺ときり丸は、並んで学園への帰路を辿っていた。
 女装していたのは、こちらの方が売れ行きが良いというただそれだけの理由で。朝のは俺を驚かせようとしたらしい。
「団蔵、本気で焦ってるんだもん」
「仕方ないだろ、女装するなんて聞いてなかったし……」
 思い出し笑いをするきり丸を軽く小突き、言い訳をする。まあ、本気で見惚れていたなんて、死んでも言えまい。
「まあ、それだけ俺の女装が上手いってことだな」
「……否定はしないよ」
 ため息が重たい。今日は酷く疲れた。
「あ、いけね。忘れてた」
「? 何を?」
 きり丸が思い出したように懐を探り出す。少しの後、彼が取り出したのは、手拭いで丁寧にくるまれた包みだった。それを解くと、竹串に刺さった団子が数本。
 徐に、きり丸がその内の一本を俺へと差し出す。口元に寄せられた団子は甘い匂いがして、誘われるように口を小さく開いた。
「これ、バイト代な」
 これやるから機嫌直せ、ときり丸が明るく笑う。
 一日中働いて団子一本きりなのかとか、お前ががっぽり貰っていた銭はどうしただとか、言いたいことはあったけれど。
 いつもと同じ、八重歯を覗かせたその笑顔が、何故かいつもと違って見えて、酷く美しくて、優しくて。
 俺は何も言わずに、甘い団子を頬張った。









お題は確かに恋だった様よりお借りしました。

110713 加筆修正

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