棍棒だか何だかで殴られた頭と、強かに打ち付けた背中のガンガンジンジンという痛みを感じ、俺は小さく呻いた。だんだんに遠退く意識の中、脳裏に浮かんだのは、嘗ての喧嘩相手であった何かと不運な先輩の顔だった。

 つい数日前、懐かしい顔が村を訪ねてきた。ほんの二年前まで、机を並べて共に学んできた同級生だった。
「たまたま近くまで来たから、団蔵に会って行こうと思って」
 にっこりと笑う乱太郎は、俺と同じように親の跡を継ぎ、今は農業を営みながら忍者の仕事をしていると語った。その後は、ちょっとした昔話で盛り上がって、友人や先輩たちの話に花を咲かせたのだ。
 それは、そろそろ帰ろうと乱太郎が腰を上げた時のことだった。彼は、ふと思い出したように、口を開いた。
「そういえば、左近先輩は、町で医者をやってるんだよ。知ってた?」
「えっ」
 突然、何の脈絡もなく飛び出したその名前に、頓狂な声が出た。それは知らなかった。でも、どうしていきなりあの意地悪な先輩の話になるのだ。乱太郎は、動揺している俺を気にした様子もなく、つらつらと続けた。
「結構評判なんだよ。私も前に寄ったことがあるけど、さすがに六年間保健委員だったことはあるよね」
「乱太郎が言えることかよ」
「あはは、まあね。でも、腕も良いし、その上若くて格好良いって、人気あるみたい」
「格好良いって……あの左近先輩が? まさかあ……」
「……でもさ、気になるでしょう?」
「え」
 目を細め、口角を少し吊り上げて、彼は俺の顔を覗き込んだ。何かを含んだ、悪戯な笑みだ。
「な、何で」
「……何となく、だよ」
 少しの沈黙の後、乱太郎は屈託なく笑って言った。
「長居しちゃってごめんね、そろそろ行くよ」
「え、あ、お、送るよ!」
「平気だよ、ありがとう。じゃあ、またね」
 乱太郎を見送りながらも、俺の胸にはもやもやとしたものが渦巻いていた。
(……あんな奴のことが気になる訳……)

 けれど、そのもやもやは数日を経ても晴れることはなくて、今日もそんな考え事をしていたら、山賊に襲われてこの様だ。
 身体中の痛みと共に浮かんできた左近先輩の顔は、酷く苦しそうだった。眉をひそめて、唇を引き結んで感情を抑え、何かを堪えているような、そんな表情――。
(……それもそうだよなあ)
 意地悪だし、口を開けば嫌味ばかりだし、その上不運だけど、困っている人間を放っておけない。素直じゃないだけで、本当はすごく優しいひとなのだ。
 仲が良くなかったとは言え、知り合いがこんな状態になっているのを見れば、あのひとは、どんなに辛そうに顔を歪めるだろう。

 そんな想像の中の彼に、ちょっと申し訳なく思いながらも、次の衝撃に耐え兼ねた俺は、ゆっくりと意識を手放した。



 ふと、声が聞こえた気がした。

『早く起きろ、馬鹿』

 馬鹿とは何だ。反論しようとしたが、声は出なかった。ああ、そういえば俺、気を失っていたんだっけ。こうして思考が働いているから、死んではいないらしい。馬鹿、とそう言った声には、聞き覚えがある。ええと、どこで聞いたんだろう?
 頭の回転は速い方ではないけれど、思案を巡らせているうちに、少しずつ、失われていた感覚が戻ってくる。身体を覆い込む温もりに薪が燃える音、それから、苦くて癖のある匂い。――薬草を煎じた匂い。

『ばーか』

「……、」
「……団蔵?」
 異様に重たい瞼を持ち上げる。目を覚ましたばかりの世界というのは、ぼんやりとして線がはっきりしない。高い天井と、それからすぐ真上に人の姿がある。
「……ここ……おれ……」
「……僕の家だよ、団蔵」
 誰にともなく呟いた言葉は、優しい声に拾い上げられた。そうだ、この声を、俺は知っていた。
「さこん、せんぱい……?」
 漸くはっきりとした視界に映った彼は、最後に会った時よりも大人っぽくなっているように感じた。でも、間違えない。間違えようがない。空気、匂い、声、温もり、すべてが懐かしい。たった一人、彼だけが持っていたこの懐かしいものたちを、片っ端から全部身に纏えるようなひとが、彼以外にいるはずがないのだ。

 ――こんな風に、優しく慈しむように手を握ってくれるひとも。

「よかった」

 よかっただなんて、まるで俺のことを心配していたみたいだと、そう思った。








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