【策士】

あいつを困らせるのが好きだ。日頃どこからそんなに自信が湧くんだというくらい尊大で自己中心的な奴が、オレの顔色ばかり伺ってオドオドしてる姿はかなり情けなくて格好悪い。だからこそ、目を奪われる。もしかすると希少価値ってやつに目を眩まされて、ただどうしようもなく惹かれてるだけなのかもしれない。原因は何だとしても、『こんな趣味はちょっとなぁ』と自分の行いを振り返ることがあっても、結局オレは気付くとあの手この手で奴を困惑させるような手段ばかり探してる。おかげでオレの側にいる奴の姿を見るとイメージが崩れるってこの前慎吾や剛に泣き言を吐かれてしまった。あいつらはあいつを尊敬してる。つまり、あいつの中には理想に繋がる部分があるんだろう。……構うもんか。だって、オレはそういうときのあいつがいいの。──けど、同じ泣き言を二人から聞いたらしいあいつはそうは思わなかったらしくって(一定以上大事だと思う人間の心象を心から大事にする奴だ)、この頃あんまりオレに近寄らなくなってきた。まあいい。そんな状況すら、オレはあいつが引け目を感じさせる要因にできる。一見クールだと誤解されがちな外見に反して、感情表現が豊かなあいつ。楽しいことを楽しいと表し、悲しいことを悲しいと見せるあいつの態度は押さえることを知らなさすぎる。子供っぽくて、とてもじゃないが同い年のやってる男のこととは思えないときもあって、でもそれこそが愛すべき部分だ。オレの望み通りに状況をお膳立てしたのに反応の薄いあいつなんてものを目の当たりにしたら、きっとオレはあいつと顔を合わせることが心底つまらなくなってしまうだろう。張り巡らせた策に嵌ったときのあいつの顔は、それくらいオレに楽しみをくれている。この世の終わりを感じさせそうな表情を見れたときなどは内心ガッツポーズの中、花吹雪の嵐だ。密かな楽しみ、ささやかな娯楽だ。仕事で不平不満一つ言わない代わりに溜め込んだ何かをオレはあいつを追い込むことで解消しているのかもしれない。……でも、オレだって極悪非道な冷血人間なわけじゃない。いくらあいつの困った顔が好きだからって、いくらオレでもそのまま放置はしないことにしている。だけど時々フォローを忘れるときがあって、そういう場合は後々酷いひっぺ返しを食らうから、楽しみとしてあいつを色々扱う点においてここだけがちょっとだけめんどくさい。反撃は大抵本人からじゃなく、全然違うところから繰り出されるからクリティカルヒットしていつもオレは莫大なダメージを受けることとなるのが余計やっかいなところ。……で、今日もあいつに最後の一言を言うのを忘れてしまってオレは、予想だにしないところから多大なる衝撃を受けることとなった。オレとあいつの態度が発端となり、めぐりにめぐって再びこっちにまでお鉢が回ってきた後始末という名のツケ。出向いたスタジオに入り、怒りを感じる余裕もないくらい疲労困憊したオレがヨロヨロと椅子に座ったとき、目聡くあいつが救いの手を出してくる。これ以上はないってくらい優しく慰められながら、不意にオレは思う。もしかして実は策に嵌ってるのはあいつじゃなくオレなんだろうかって。


since date:2002-02-09








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