「かしこくなりたい」
事の発端はそう、彼女のこの一言だった。
「は?」
読んでいた学術書から顔を上げれば、不服そうに眉根を寄せた―――しかし目はいたって本気の、ディセンダーの姿。
「最近あたしバカバカって言われすぎじゃない?」
「…だって実際そうじゃないか」
「キール、そういうこと言わないの!」
「だからこうやってキールのところにわざわざやってきてんじゃない。何かない?手っ取り早くかしこくなる方法」
「あるわけないだろ!そもそもそういうのは僕じゃなくて、本職であるリフィルに頼んでくれ」
「だってリフィル先生達学者陣は最近忙しそうじゃん。」
「遠回しに僕を暇人って言うな!」
「だって実際ヒマじゃないの?」
「暇なもんか!研究やら論文やらで僕は忙しいんだ!」
「ま、いいけどさ、なんかない?」
何がま、いいけどさ、だ。今までの流れや僕の都合そのた諸々を一切無視したその発言に、僕は遠慮せずに溜息をつかせてもらった。
「おいおい、せっかく頼ってくれてるんだぜ?そんな突き放した言い方しなくてもいーじゃねーかよ」
そうすれば、ファラ同様いつの間にかこちらへやって来ていたリッドが呆れたようにこちらを見ながら僕を注意する。この二人は人が良すぎて困る。リッドはファラは人が良すぎていけないとは言うが、僕に言わせてもらうならば彼だって十分にお人好しだ。
「じゃあ本でも読んだらどうだ」
「本?」
「お前はまず教養と常識が足りないからな」
「それ、いいんじゃない?」
「本、かぁ………
ありがとう!誰かに借りて読んでみる!」
階段を使うのもまどろっこしくて途中で階段を飛び降りたのか、バタン!といひどい音。あぶねーぞーと下の階を見下ろすリッドに向かって「大丈夫!」と(おそらく満面の笑みで)叫び返した後の、ばたばたとせわしなく駆けていくディセンダーの足音を聞きながら、僕はようやく書物に目を落とした。
の、だが
「キールー」
「……なんだ」
「読めない」
「は?お前、字読めないのか?」
「部分部分がわかんない」
「はぁ……。どれだ?」
「コレは?」
「『俺はお前を愛してる』」
「じゃあコレ」
「『世界なんかいらない、ただ傍にあなたがいれば』」
「コレ」
「『俺達だけで、』………ってお前、僕にどれだけ恥ずかしい言葉を言わせるつもりだ!」
「だってわかんないんだもん。初めて見る言葉ばっかり」
ヒラヒラと振る手の動きに合わせて動く本の表紙は『愛の狭間で』。どうやら彼女はパニールに本を借りたようだ。……なんでもっと初歩的なものを借りず、(色々な意味で)レベルの高い恋愛小説に手を出したんだ。
「こんなところまで付き合ってられるか!誰か別のヤツに頼んでくれ」
「…………わかったわよー。バカですみませんでしたー」
思わず叫び声をあげれば、不貞腐れて頬を膨らます彼女。大事そうに借りた本を抱えて下へと降りていった。
バカに付ける薬はない@
「スパーダに頼めばいいじゃないか……」
僕の小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく霧散した
×××
多分続く。
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