放課後の校内は閑散としている。 遠くの方から部活をしている生徒たちの声が微かに聞こえてくるが、日中ほどの賑やかさは感じられない。 日中は生徒の気配で溢れている。授業中はそれなりに静かなものだが、休み時間ともなると賑やかな声に満たされる。笑い声が絶えず、話し声も絶えない。騒ぐ者や駆け出す者もいるし、教室や廊下、階段といった至るところに生徒の気配があった。 しかし、この時間帯に残っている生徒は僅かで、空虚な空気が漂っている。残っているのは帰宅部の生徒、もしくは補習を受けている生徒、または日直の生徒。そんなところだろう。 ちなみに文化部の生徒たちは特別棟に移って部活に励んでいる。この教室棟は授業のある日中しか使用されないのだ。 今日は珍しく部活がなかった。その連絡を受けたのは朝練のときで、突然決まったことだと先輩が教えてくれた。 オレは最後の授業を終えて、放課後は何をしようかと考えた。遊びに行くのもいいし、寄り道をして時間を潰してもいい。 けれども、平日の時間は貴重だ。たまには早く家に帰ってのんびりするかと考えていたのだが、そんな矢先に担任から面倒な雑務を押し付けられた。 担任は部活がなくなったことを知っていた。だからこそ、オレに押し付けてきたのだろう。オレは文句を言いながらもなんとかそれを終わらせて、放課後の校内を珍しげに眺めながら教室に戻った。 あれから随分と時間が経ったようだ。 当然だが、教室には誰もいなかった。見慣れた教室は寂しいもので、人数分の机と教卓が無機質さを際立たせている。静かだなと思いながら自分の席に行き、荷物を手に取った。さっさと帰ろう、オレは小さく呟いて静かに息をついた。そして、何気なく窓を見たオレの視界に人影が映った。 「?」 まだ残っている生徒がいたらしい。 オレは少し気になってベランダを覗くと、そこにはオレが密かに想いを寄せているクラスメイトがいた。 彼女はベランダの柵に頬杖をつきながら、グラウンドをぼんやりと見下ろしていた。 オレは彼女の横で、同じように頬杖をついてみた。でも、彼女はオレなんかいないみたいに、ずっとどこかを見ている。それが、少しだけ寂しかった。 好きっス、彼女にだけ聞こえるように言ってみた。けれど、彼女は気づきもしないで音楽を聴いている。コードを目で辿りながら忌々しげに舌打ちをした。引き抜いて捨ててやろうか、なんて物騒なことを内心で呟く。 「あ……。黄瀬くん、いたんだね」 「………」 彼女はオレの視線に気づいて、イヤフォンをはずした。 「さっき、なんか言った?」 「……別に、」 なんでもないと言うと、彼女は手すりに寄り掛かって体を離して、うんと伸びをした。 制服が風に膨らんで彼女の匂いが微かに漂う。伸びをしすぎてチラリと肌が覗くけれど、彼女は気にせずに、気持ちよさそうに目を細めた。 オレは視界いっぱいに彼女を収める。彼女の横顔を見つめながら、その存在を網膜に焼き付けた。 「…………」 ああ、細い腕に触りたい。首も、背中も、胸も、全部触りたい。キスをして、抱き締めて、それ以上のこともしてみたい。 そんな不埒で、不純な想いが溢れ出す。 もし、オレの気持ちを知ったら彼女はどんな顔をするだろう。 嫌悪で顔を歪めるだろうか。起こるだろうか。それとも顔を真っ赤にするだろうか。戸惑うだろうか。 「あ、ねえ、黄瀬くんって好きな子とか、いる?」 「……なんスか、いきなり」 「ええと、それがね…」 彼女は口ごもって、オレを窺うように見た。そして、本当に唐突に「実は、その…。告られたんだよね」と言ってきた。 「Aクラスの…」 聞きたくもないことを彼女の口が一方的に喋る。 心臓がバクバク鳴り出して、世界にオレひとりだけ取り残されたように心細くなって、どうしようもない気分になった。 叫びたくなるくらいに哀しくて、苦しくて、痛くて、辛い。 「、オレ……ッ」 「え…? な、何?」 オレは彼女の腕を掴んだ。彼女は顔を赤くして、オレに掴まれた腕と、オレの顔を見比べている。慌てている彼女も可愛いなと、その場にそぐわないことを考えた。 「……オレっ…」 ミョウジさんのこと、好きだ――そう言えたら、どんなにいいだろう。 「っ……いや、その、やっぱ、いいっス」 「……え?」 オレはへらりと笑って、彼女の腕から手を離した。 「ごめん。急に掴んだりして」 「、うん」 「あー、もう帰らないスか?」 好きだと彼女に言ったとしても、彼女が同じ言葉を返してくれる可能性は限りなくゼロに近い。 オレにとって彼女は特別だけれど、彼女にとってオレはクラスメイトでしかないのだ。 「オレ、好きな子いるから……」 教室に片足を踏み入れたところで、そう言った。せめてそれくらいは言っておきたかった。 彼女は何も言わなかった。振り返ると、彼女は背中を向けて下を見ていた。 ひとりぼっちの心臓が泣いている
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