「ナマエ」

トクン
彼にその名を呼ばれるだけで、胸が痛いくらいに高鳴った。
これはもう一種の病気のようなもので、その症状は日を増すごとに重くなっていく。

『なぁに?』

上手く笑顔は作れているだろうか。
声は震えてないだろうか。
私をこんなに乱すのは、世界でも貴方だけなのを、貴方は知っているだろうか。

「話が、あるんだ。」

何時も以上に顔が真剣味を帯びている彼。
その表情にまたトキめいてしまう自分は最早末期だと思う。

『今すぐ、なんだよね?』
「あぁ、出来れば。」
『分かった。』

リドルの表情に若干の憂いが伺えるのは、これから私に話すことが良くない内容だからなのだろう。
そして恐らくその内容は私との関係を終わらせるものなのだろう。
それなのに不思議と冷静でいられるのは、私にはもう揺るぎない信念があるからなのだろう。

私達は一言も話さず、ただ人気のない廊下を通りながら必要の部屋へと向かった。



リドルが必要の部屋に望んだもの、それはたった一つの大きなソファーだった。
見るからにふかふかで、ここに誰も居なかったら私はこのソファーにダイブしていたに違いない。
リドルが紳士にエスコートして私を座らせてくれるものだから、また私の中のリドル病が悪化した。
ああもう、胸が苦しいよ馬鹿。
馬鹿は私か、と頭の中で自嘲していたらリドルが隣に座ったようで、ソファーが少し沈んだ。
リドルがスラッとした長い脚を組むのを見て、またキュン。

「...なんの話かは、大方予想がついているだろう?」
『うん。』
「なら、話が早い。」

「別れよう。」

そう言ったリドルは凄く無表情で、それが逆に悲しかった。
無表情を装ってなきゃ言えないほど辛いと思ってくれているリドルに、胸がツキんと痛む。

『やだよ』

これはきっと、リドルが望まない答えなのだろうと分かってる。
でも、リドルが自分では気が付かない程心の奥底にある望んだ答えなのだということもわかってる。
だから自惚れ屋な私はその答えをリドルに言ってあげる。
しかめっ面のリドルに微笑みかければ、何故か悲しそうに顔を歪ませた。
どうやらもうポーカーフェイスを保っていられないようだ。

「僕はもう、君を愛してなんかいない。」
『嘘つき。そんな顔で言われても説得力無いもん。』
「君がなんと言おうと、これは事実だ。」
『リドルがなんて言っても、その言葉は虚実だよ。』

リドルの顔が更に悲痛に歪んだ。
どうして、僕の言う通りにしてくれないんだと言わんばかりに。

「君は、何も分かってない。僕は、君と一緒に居て良いような人間じゃ無いんだ。」

そう言って目を伏せたリドルを見て、また胸がツキンと痛んだ。
きっとリドルは、私と出逢ってからずっとその想いを胸に抱きながら過ごしてきたんだろう。
リドルは優しいから、私を巻き込むなんてしたくないんだ。

『一緒にいちゃいけないなんて、誰が決めたの?』
「ナマエ...」
『ねぇ、リドル。私は貴方が好き。それこそ、これから先一生リドル以外を愛するなんて事が出来ないくらいに。』
「.....」
『私はリドルがいなきゃ生きていけないの。馬鹿みたいだけど、本当にそうなの。』
「っ、だが....」
『リドルがなんと言おうと、私はリドルと一緒にいる。でも、リドルが私のことを好きじゃなくなったら、その時はリドルの手で殺してください。』

私は言いたい事を一気に言ってリドルを抱きしめた。

「僕が、君を嫌いになるなんて、そんな事あるわけ無いだろう...!」

リドルは震えながらも抱きしめ返してくれて、痛いくらいだった。
リドルが本当の想いを口にしてくれた事が嬉しくて、心が満たされていく。

リドルと離れたくない。
私を縛って、離さないで。
リドルがいて初めて、私の世界は満たされるの。

闇に染まった恋人の更正なんてしない。
だって私はありのままの彼が好きだから。
彼の為なら、私も闇にこの身を沈めよう。
どんなに貴方が闇に落ちようと、私は貴方しか愛せないのだから。


少女が愛する者を追って深い闇に落ちた

それはまさに
世界で一番美しい悲劇