※吸血鬼パロ





 ライオンが獲物を食べる時、“可愛い、かわいい”と思いながらその肉をむさぼっている。そんな風な話を聞いたときの、驚いたような周りの反応を見て、ああ、自分と彼ら彼女らは違うんだ、とぼんやり再認識したことを覚えている。

 カワイイ。がぶりと噛みついてしまいたい。かわいい。その白い首筋から、赤いあかい血を飲んでみたい。

 違う、可愛い、好き。





「………とおる?」


 柔らかい彼女の声で、ふっと意識が抱き起こされた。ミニテーブルに置かれたお盆には、いくつかのお菓子と、オレンジジュースの注がれたグラスが乗っている。


「もしかしなくても寝てた?」


 徹でもやっぱ疲れるんだ、なんて言いながらけらけらと笑う彼女は楽しそうだ。余計になんとも言えない気分になるけれど、同時にすごく満たされる。すこしだけ男勝りで、しっかりしていて、だけど時々甘えたな彼女を、本当に愛している。可愛いも好きも、嘘じゃない。


「………あれ、」
「んー?」
「あ、いや……怪我した、の?」


 しかし本能は思いの外強いものらしい。意識が完全に覚醒すると、お菓子とは違う、自分だけが分かる甘ったるい匂いに、すぐに気が付いた。そして視線はすぐに、その左手の親指の絆創膏へ繋がれた。「今日の調理実習でちょっとね、大したことないんだけどさ」照れ臭そうに言う彼女に、ちりちりと胸が、内臓が疼いた。喉が渇くのに、オレンジジュースに手が伸びない。そんなわけはないのに、干からびるような感覚すらある。


 今まで、彼女の血を目の当たりにしたこと、怪我をした場面に遭遇したことはなかった。女の子に月に一度やってくるアレとは少し違って、皮膚を割ってこぼれる血液は匂いが強い。絆創膏に隠れた切り傷は、きっとそこまで大きくない。大したことない、というのは本当で、もう塞がりかけているのかもしれない。

 だけど、違うのだ。いつもなら抱き締めてようやく微かに分かる程度のにおいが、今日はこの1メートルほどの距離でもはっきりと感じる。濃くて、甘くて、まるで毒ガスでも吸い込んだみたいに内側へじわじわと浸食してくる。


 可愛い、好き、あいしてる。
 欲しい。身体も心も、その甘いあまい血もすべて。


「………ねえ」
「うん?」
「したい、」


 白くて細い首を見ないように、そこへ噛みつかなくてもいいように、すこし乱暴にくちびるを塞いで舌を絡めた。理性は戻ってこないけれど、違う欲が血の匂いを誤魔化してくれる。少しずつ心臓が落ち着いてきて、代わりに上り詰めてくる、むらむらとした感情。可愛い、愛らしい、いとおしい。全部、おれのもの。


 優しく抱き上げて、ベッドへ横たえた。ゆっくり跨がって見下ろす彼女は、たまらなく綺麗で艶やかだ。キスをしながら、カットソーをたくし上げる。ふつうの人間よりすこしだけ体温の低い吸血鬼の身体が、彼女に触れるときだけは恨めしい。指先からゆっくり、本当にゆっくりと手のひらで撫でるようにしても、冷たいのかぴくりと細い肩を震わせるその様子は、とても扇情的だけれど同時に、かわいそうだなあとも思う。


「すき、だよ。あいしてる」


 わたしも、なんて弱々しい声で伝えてくれる彼女に、心の中で何度もごめんねと呟いた。彼女の血が欲しくなるたび、その白い肌に歯を強く立ててしまいたくなるたび、俺は彼女を抱いてしまうのかもしれない。そうして、“男”としての欲求を満たすことで我慢をして彼女に嘘をついて、つき通して、誤魔化して、その微笑みをもらうのだ。


(優しくないなあ、)


 その血を飲んで自分の正体を知られてしまえば、きっと彼女は離れてしまうだろう。どうしても彼女の隣にいたいし、その温かさに触れていたいのだ。


 ごめんね。思わず零れてしまったその言葉に、彼女はふとこちらの瞳を覗きこんだ。情けない表情をしているだろう俺に、ふにゃりと笑いかける。いきなり行為を求めたことへの謝罪だと思ったのか、「嬉しかったよ」と言われてしまって、もうどうしようもない。
 きっと離してあげられないけれど、だけど絶対に、彼女を悲しませたりしたくないのだ。こんな自分を好きだと言ってくれる彼女に精一杯愛情を返したくて、ぎゅっと抱き締めた。彼女が無意識に俺の背中に立てるその爪が、一生消えない痕を残してくれたらいいのにと思った。
あなただけのイヴになりたかった