バレー部が決勝で負けたのだと聞いたのは放課後のことだった。職員室で先生達が話しているのをたまたま聞いた。インターハイへ行くのは白鳥沢だそうだ。全くバレーをしたことのないわたしでも知っているほど、宮城の男子バレーといえば白鳥沢学園。青城も強豪校とは言われているけれど全国大会への出場経験はないらしい。だからなのか折角の決勝戦だというのに全校応援なんかはなくて、わたしは一日大人しく授業を受けていた。

どうしてこんなにバレー部のことを気にしているかと言えば、彼氏がバレー部だからという実に学生らしい簡単な理由だ。陸上部のわたしはひと足早く引退してしまったため居残りする理由はないが、帰っていいのかもわからず教室でぼうっとしているとポケットの中で携帯が震えた。ディスプレイには『花巻貴大』の文字が光っている。

「もしもし」
『ナマエ、今どこ』
「教室」
『わかった』
「え、たかひろ」

ぷつりと切れた電話を見つめて溜息を吐いた。待っててとか今どうしてるとか試合の報告とかじゃなくて、わかった、とただ一言。彼らしいけれど、どうしたらいいか困る。それから暫くして教室の扉が開かれ、顔を上げるとそこには今日一日わたしの頭の中を占領していた彼の姿があった。ジャージのままの彼は少しだけ肩で息をしている。

「帰ろ」
「……うん」

昇降口を出ると手を絡められた。バレーをしている彼の手は大きくてすらりとしていて、でも男の子らしく少し骨ばっている。いつもは通学路でてなんて繋がないのに。そう思ったけれど、いつもとは違う雰囲気の彼にそんなことは言えなくて。そうこうしている間に彼の家へお邪魔することになってしまった。

ベッドを背もたれにしてなんとなく寄り添って。言葉もなく、ただ手を繋ぎあったまま彼の肩に頭を預けていた。こんな休日を過ごすことも少なくはないのに、彼に会ってから感じていた違和感が、どんどん強くなっている。

「ナマエ、好きだよ」

ああ、と思った。高くもなく低くもなく、心地よい声がわたしの鼓膜をくすぐる。好きだよと愛を囁いて、おでこや頬や首筋に口付けが降ってくる。それだけでわたしの心臓は喜びに震えるし、胸の奥からどうしようもない愛しさがこみ上げてくる。付き合い始めて二年半経った今でもそれは変わらない。二年半もいれば言葉なんてなくても愛しさを感じるのに変わらず言葉で伝えてくれる彼が愛しいと思う。けれど、二年半も一緒にいたからか、雰囲気を感じるからか。何か言いたそうだな、とか、それはきっといいことではないだろうな、とか。なんとなく感じてしまって、いつもならわたしも好きだよと返すことができたかもしれないけど、わたしは彼の名を呼ぶだけで精一杯だった。

「貴大」
「うん?」
「たかひろ」

ぎゅう、と抱きつけば自然な所作で背中に腕が回された。あたたかく逞しい腕に、彼のにおいに包まれて瞳を閉じると、出逢ってからの思い出が走馬灯のように蘇って目頭が熱くなる。悪い想像だったらいいのにと、声が震えてしまわないように一度奥歯を噛みしめた。ひとつ深呼吸をして、もう一度彼の名前を呼ぶ。びくりと跳ねる、肩。

「言いたいこと、あるんでしょう」

ゆっくりと離れた彼はいつもの飄々とした様はなく、儚さを湛えた、ばつの悪そうな顔をしていた。返事がなくたって、そんな顔されてしまったら嫌でもわかる。これから彼が言おうとしていることが。正直に言えばわたしだって聞きたくない。

「貴大、好き」
「ナマエ」
「わたしは、バレーしてる貴大が、好きだよ」

まっすぐに目を見て告げると彼の表情が苦しそうに歪み、それに比例するようにわたしの胸もずきずきと痛んだ。たっぷり時間を掛けて言葉を飲み込むように「うん」と言った彼はまだ肝心な言葉を発さないまま。絡み合った視線は言葉よりもはるかに雄弁で、思わず目を伏せた。

好きだよ。すごく好きだった。ううん、今でも、大好き。彼の好きという言葉が本心だとわかっている。けれど、彼がどんなにバレーが好きなのか、どれだけ本気なのかもわかっている。だから、ねえ。

「キス、して」

ほんの一瞬だけ見つめ合って、ひどく優しく重なった温もりにとうとう涙腺が決壊した。ぽろぽろと涙が零れて、彼の頬に添えた指にもあたたかい雫が伝う。

「ナマエ」
「……ん」
「ごめん、俺」

ようやく話し始めたその先を、やっぱり聞きくことはできそうになくて。やわらかく塞いだ彼の唇は、その続きを紡ぐことはなく、ただ最後のぬくもりを感じていた。
まだ結末は知らされていない