その違和感は、
育つ程に肥大化して俺を苛んだ。






『初めまして、お嬢さん』







丸い月が空に浮かぶ。
今夜は雲一つないせいで余計に輝いて見えた。

「ユエ」
「…萌ちゃん」
「どうした?そんなにぼうっとして、珍しいな」
「なんだか…思い出してしまって、もう歳かしら?」

主は空を見上げるとあぁ、と納得したように頷いた。

「出会った日を、か?」
「えぇ、萌ちゃんはあれからあんまり変わってないわね」
「老けたさ」
「そうかしら?」
「そうだよ。ユエは年々綺麗になったね」
「やぁん嬉しいv」

炎がいないのをいい事に主に抱きつくと、主は何も言わずに私の髪を撫でてくれた。
それは、性的な愛情の無い父性にも似た感情。

男として生まれた私の身体は、男性としての心だけ持って生まれなかった。
それは年々、日毎ズレていってどんどん私を壊していく。
何不自由ない家庭、文武両道を望む母親、そんな兄を慕う弟。
そんな環境でこんな自分を知られないよういつもいっぱいいっぱいだった、期待に応えなくては、男でいなきゃ、真っ当でいなければ…

だけども、いつまで…?

身体の限界より心の限界は早かった。
偽り続ける生活に、男でいなきゃいけない自分に、だまし続ける私を望む周りに。

だから夜はいつもそんな殻を壊して、飛び出した。
実家から少し離れた南区にはそんな奴らがいっぱいいたから、相手には困らなかった。
目があって、理由もなしに殴り合い。
潰し合いの非日常感が偽りだらけの私の現実。
チームには何度となく誘われたけど、これ以上私に"男として"期待されるのは嫌だったからそんな奴らも全部潰すだけ。

そんな毎日がいつまでも続くと思っていた。
なのに

「散れ」

あの時は周りを敵に囲まれていた。
だけども余裕だった。全然負ける気がしなかった。
そんな時に背後からかかった低く冷たい声、あの衝撃は今でも忘れない気がする。
目の前の男たちは顔を真っ青にしていたけれど私にはその声音がちっとも嫌なものには聞こえなかったんだもの。
澄んだ、真水のような声。

「――‥行け」

逃げ出す男たちの背に投げかけられたその言葉と同時にバイクが一台駆け抜けていく。
その瞬間、いままで脈打っていたのかさえ疑問に感じるくらい激しく私の鼓動が動き始めたのがわかったんだ。

私は振り向けないまま自分の胸に手を当てる。

当時は服装だってちゃんと男ものだったし化粧なんて論外。
そりゃぁ女の子からだってモテルくらいにはかっこよかった。
なのに、貴方は言ったんだ。

「         」

外見に惑わされることもなく、私でさえ殺し始めていた小さな本当の私を見つけてくれた。
死にかけていた女の子に、貴方が息を吹き込んだのよ。

「萌ちゃん」
「ん?」
「私ね…」

貴方がくれたユエという居場所。
ユエがくれた私という女の子。
大好きな大好きな名前。


「ユエって名前を誇りに思う」



女に生まれることが叶わなくても、
私はユエとして死んでいける。


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