夜も明るいミッドガル。特に週末は、色んな人や灯りが街を彩る。

今日の仕事も無事終わり、明るい夜の街を一人歩く。仕事が早く終わった日はこうやって一人で街に繰り出して、美味しいものを食べに行くのが最近の楽しみ。
今日の目的地は今一番お気に入りの、八番街にあるカレー専門店さん。そこは男性客が多くて女性一人ではちょっと入りづらい雰囲気なんだけど、いろんな種類のカレーが揃えてあって味がすごく豊かで美味しい。辛さも細かく選べて、恥ずかしながら甘口好きな私にも優しく対応してくれる、素敵なお店。
あのじっくり炒められた玉ねぎの甘みと香辛料のバランスがいいんだよね……ああ、涎垂れちゃいそう。今日はあそこのカレーを食べたくて、一日頑張ったんだ!


空腹で全身胃になったような気分で、目的地に着いた。木製の味のあるドアを開けると、香辛料の刺激的な香りが私を出迎える。

「いらっしゃい!お、お嬢さんまた来てくれたの〜」

大柄な店長さんがそう気さくに声を掛けてくれて、ちょっと照れつつ笑顔で会釈をする。店内はほぼ満席で、唯一カウンター席が一席空いていたのでそこに座った。ラッキー!
早速席に置いてあるメニュー表を眺めながら、なんとなくこっそりと周りを観察する。今日は一段とお客さん多いなあ、さすが週末。相変わらず男の人が多い……ふふ、もう慣れちゃったけど。
隣の席の人の手元を盗み見ると、黒いスーツから伸びた手がチキンカレーを今まさにすくっていて……わ〜美味しそう。私も今日はチキンカレーにしようかな〜……

その時、その黒いスーツに似合わない赤い色がゆらりと目の端に飛び込んできて、反射的に横を見上げた。

赤い色は、隣の人の髪の毛の色だった。スーツなのに不良みたいな風貌で、ぴんぴんと跳ねた赤い髪を揺らしながら、隣の人はチキンカレーをばくっと豪快に口の中に収めている。
なんとなく既視感があって、思わず何秒か見つめてしまう。彼の向こう側の席には、強面なスキンヘッドの人が同じく黒いスーツでキーマカレーを食べていて……あ、キーマカレー美味しそう……じゃなくて。

赤い髪。強面スキンヘッド。何よりこの黒いスーツ……
これって、もしかして………タークス?!?!


「おっさん、水」

赤い髪の人がそう言って、空になったコップをカウンター越しに店長さんに差し出した。それで私は我に返って、慌てて手元のメニュー表に視線を戻す。内心は、ちょっとパニック。
わわ、すごい怖い人達と遭遇しちゃった……未知との遭遇!席移っ……ここ以外空いてない!

「やっぱ、カレーは辛くなきゃカレーじゃねえよな、と」

店長さんから水を受け取りながらそう赤い髪の人が呟いて、強面スキンヘッドの人が小さく同意している。耳がダンボになっていて、会話が聞こえちゃう……変な汗出てきた。

「甘口とか邪道だよな、カレーに失礼だぞ、と」
「……カレーに失礼ってなんだ」
「甘口頼む奴の気がしれねえ……」

「お嬢さん、今日は何カレーにします?」

いきなり店長さんに話し掛けられて、喉の奥からひっと小さい悲鳴が出た。いつのまにか私の目の前に立っている店長さんは、カウンター越しにお水とおしぼりを私に差し出しながら不思議そうに私を見ている。
……お、落ち着け。
慌てて取り繕って、お水とおしぼりを受け取る。メニューが頭に入らないから、とりあえず隣のタークスさんと同じチキンカレーを注文した。

……確かに未知との遭遇だけど、びっくりしすぎだ。隣でカレー食べるだけだし、怖いけどタークスさんだって誰かれ構わず絡むチンピラじゃないし、大人しくしていれば関わりなんて……

「辛さは、いつもと同じ甘口でいい?」

店長さんにそう聞かれて、こくりと頷く。うん、カレーに集中しよ……

“甘口頼む奴の気がしれねえ”

はた、と、さっき隣のタークスさんが発した言葉が頭の中に蘇った。

……私が甘口頼んだの、タークスさんに聞こえてない……よね?
恐る恐る隣に目線を向けてみると、何故か赤い髪のタークスさんは私を見ていた。ばっちりと視線がかち合ってしまって、びっくりして思わずわっと小さく声を上げてしまって、慌てて目を逸らしたらその拍子に水の入ったコップに手が当たってしまって、倒れそうになったコップを間一髪両手で支えた。
あ、危なかっ……いやそれより、思いっきり動揺しちゃっ……


「ぷっ」

隣から小さく吹き出した声が聞こえて、思わず顔を上げて隣を見る。タークスさんは頬杖をついて、にやにやと私を見ていて。
……げ?

「随分と正直な女だなあ?お嬢さんお一人かよ、と?」

は、話し掛けられてしまった……!
とりあえず急いで体勢を整えて、これ以上失礼をしないよう頭を働かせる。

「は……はい、一人です…」
「この店で女の一人客って珍しいな、と。カレーが好きか?」
「え?……あ、はい。ここのは、特に……」
「カレー好きなのに、甘口かよ、と?」

その質問にぱちくりと瞬きをすると、タークスさんは片眉を上げて意味ありげに笑った。
……やっぱり、甘口頼んだの聞かれてた……

「……辛いの、苦手なんです」
「カレーで辛くねえのなんざ邪道だぞ、と」
「じゃ、邪道って……甘口でも、カレーはカレーですよ?」
「辛くねえカレーはカレーじゃねえ」
「……カレーはカレーです」
「カレーと言えば辛いもんだろが」
「その思い込みは、カレーの可能性を狭めてます!」

そう、びしっと言ってタークスさんを見ると、タークスさんは頬杖をつきながら目をぱちくりと目を丸めて私を見上げていた。
………あ゛。
我に返って私が口をあんぐりと開けると、対するタークスさんは何故か小首を傾げて。続けて私があわあわと表情を歪めると、タークスさんはにんまりと楽しそうな笑顔になった。

「ぷ、ほんとすんげえバカ正直だな〜お嬢さん」
「す……すみません!つい……」
「つい、怖ぁいタークス相手に突っかかっちまったか?」
「………じ、時間巻き戻したい……!」
「ぶははっ、心の声漏れてんぞ、と」

タークスさんが思いっきり笑いだして、私は頭を抱える。ああ、やっちゃった……!

頭を抱えたまま恐々とタークスさんを見上げると、笑っているタークスさんの目は優しく、私に向けられていた。
……?怒って、ない??
自分の持っているタークスのイメージとかけ離れたその優しい目に思わず目を奪われると、タークスさんは「ん?」と柔らかい笑顔を見せた。それを見て私は何故かちょっとだけ顔が熱くなってしまって、タークスさんが何故か更に笑った。

「くく、思ったことが顔にも口にも素直に出るんだな〜あんた。初対面の相手にこんだけ頭ん中だだ漏れになる奴も珍しいな、と……面白え」
「……ご、ご無礼を、すみません……」
「ぷ、ご無礼て。なあ今、俺の顔に見とれただろ、と?」
「ええっ?!い、いえいえ滅相も!」
「ぶふっ、おいこら、“ご無礼”な否定してくれるなあ?」
「え?……あ゛!すみません!!」
「くく……なあ、辛いカレーも挑戦してみねえ?」
「………へ?」
「食ってみたらぜってえクセになるぞ、と。ほら、あーん」

そう爽やかにタークスさんは言い放って、チキンカレーを乗せたスプーンを私に向けた。既に頭がパンク気味の私は反応出来ずにぽかんとタークスさんを見つめると、タークスさんはもう一度あーんと首をちょっと傾げて言った。ゆっくりと、状況を頭が把握する。

「……いやいやいや!間に合ってます!!」
「間に合ってるってなんだよ、と。断るのか?怖ぁいタークスの頼みを?俺そろそろ怒っちまうかもしれねえぞ〜?」
「え……え゛」
「ぷ……ほら、素直に口開けりゃいいんだよ、と」

次の瞬間、スプーンを無理矢理口に捻じ込まれた。一瞬のことで抵抗も出来なくて、びっくりして、このスプーンはタークスさんのだとか頭をよぎって……でもすぐに、チキンカレーの豊かな香りが口の中に充満した。
……うん、美味しい。美味しいけど………辛い!!
慌てて水を取ろうとすると、タークスさんが私の水をひょいっと取り上げた。

「?!!」
「カレーの可能性、だろ?自力で飲み込めよ、と」

すんごく楽しそうな満面の笑みでそう言われて、確信する。この人、いじめっ子だ……!!


「やりすぎだ……レノ」

そんなハスキーな声と共に、タークスさんの手から水のコップがするっと取り上げられた。
コップを取り上げたのは、赤い髪のタークスさんの横にいたスキンヘッドのタークスさん。いつの間にか立ち上がって、赤い髪のタークスさんの背後で溜め息を吐いている。そして腕を延ばして、赤い髪のタークスさんから取り上げたコップを私に返してくれた。
口の中が爆発しそうだった私はありがたくそれを受け取って、急いで水を口に含む。火事のようになっていた口の中がおさまって息を吐くと、赤い髪のタークスさんがチッと舌打ちをした。

「なんだよルード、面白えとこだったのに邪魔すんなよ、と」
「面白いからって初対面の女性で遊び過ぎだ、可哀想だろう」
「そうですよ、うちの貴重な女性客で遊ばないでくださいよ〜…」

いつの間にか私の前にやってきた店長さんが恐る恐るそう合いの手を入れてくれて、出来たての甘口チキンカレーを私の前に置いた。
赤い髪のタークスさんを横目で見ると、叱られた子供のように口を尖らせている。

「んだよ……でも、うまかっただろ、と?」

赤い髪のタークスさんも私を見て、いじけながら子供が言い訳するようにそう言った。タークスさんとは思えない子供っぽい表情に、目を丸める。
優しい目をしたりいじめっ子になったり子供になったり……この人、忙しい。

「タークスさんて……感情が顔に出ますね?」
「ああ?……あんたには言われたくねーよ」
「………確かに、口の中熱いし唇ヒリヒリするけど、美味しかった……です」
「だろ?その甘口カレーなんかより百倍うめえぞ、と」

急に一転してまたいじめっ子の顔に戻ったタークスさんが、挑発するようにそう言い放った。あまりの変わり身の早さに面食らってぱちぱちと瞬きをすると、タークスさんはまた楽しそうに笑って……なんだこの人……!

「……そんなことないです。甘口も美味しいですよ?」
「ぜってえこっちがうめえ、んなもんカレーじゃねえ」
「じゃあ、食べてみてください!」
「や〜だぞ、と」
「な、食わず嫌いは…」
「カレーの可能性を狭めるってか?」
「……カレーはタークスさんが思っているより、ずっと強いんです!」
「……なるほど、あんたバカだな?」
「とにかく食べてみてください!あ、私は無理矢理食べさせるとかひどいことはしないので、ご自分で食べてくださいね」
「お〜?いいのかそんな口聞いて?時間は巻き戻らねえぞ、と?」
「あ゛……も〜いいや、やけっぱちな気分になってきました……」
「ぶははっ」

豪快に笑う赤い髪のタークスさんの後ろで、スキンヘッドのタークスさんが盛大に溜め息を吐いた。
私、何やってるんだろう……この人タークスなのに。でも何故か、このタークスさん話しやすい……タークス、なのに??
不思議な気持ちで笑う赤い髪のタークスさんを見つめていると、また優しい目を向けられた。そしてまた何故か、私の頬がちょっと熱くなる。

「……ふ、わかった。食わず嫌いはやめてやるぞ、と。一口貰ってやる」
「え?…あ、良かった……じゃあどうぞ」
「その前によ、あんた酒も甘口が好きなクチだろ、と?」
「へ??……まあ、はい。果実酒が好きです。梅酒とか、杏露酒とか…」
「それ酒か?ジュースだろ」
「ええ?!“酒”って名前に付いてるんですから、立派なお酒ですよ?!」
「ぷ……よし、んじゃその甘口カレー食べ終わったら、次は飲み屋で酒談議だな」
「はい??」
「まだ名前も聞いてねえし、ここであんたを逃して可能性を狭めちまうのは嫌だろ、と」

よくわからない理屈と話の展開に、唖然とする。そんな私には構わず赤い髪のタークスさんは涼しい顔で、甘口チキンカレーをすくって口に入れた。そしてもぐもぐとそれを味わって、ゆっくりと飲み込んだ。


「……ま、たまには甘口もいいもんだな」


そう言って笑うタークスさんの笑顔はかっこよくて、ちょっと危険な香りがして。まるでさっき食べた、美味しいけど辛いチキンカレーのような……


確かにたまには辛口も、いいかも……しれない。


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