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「・・・あれ?」

バッグの中からポケット、しまいにはペンケースの中までひっくり返しながら焦る不破に、授業の終わった教室内にいる生徒はちらりと目を向けては出て行く
出て行く生徒たちと入れ違うかたちで教室に入ってきた鉢屋は、今にも泣き出しそうな不破に不思議そうに近づいた

「雷蔵、何を探してるんだ?」
「あ、三郎、家の鍵を探してるんだ!」

ないよどうしよう。とがっくりとうなだれる不破に、鉢屋は首を傾げる
一人暮らしだったか?と問うた鉢屋に違うけど。と情けない声を返せば
この世の終わりのような顔で携帯を操作する

「うちに泊まるか?」
「明日提出のレポートが家にあるんだ・・・」

深いため息をついてどこかへ電話をかけ始めた不破のかわりに、机に散らばった不破の私物をバッグへ戻していく
そんな鉢屋の耳に怒気を含んだ微かな音が届き
必死に謝り倒す不破の声に眉間に皺を寄せる

「ごめんなさい・・・。はい、えっと、第2食堂にこれから、ごめんなさい。」

電話をきり閉じた不破は、鉢屋になんとかなったよ。と疲れた笑顔を向けた
幼なじみである鉢屋は、電話の相手に見当がつき
不破の背中を撫でる

「***か?」
「・・・うん。食堂に来てくれるって、だから、早く行かないと。」
「八左ヱ門たちは会うの初めてじゃないか?」
「ハチと兵助は中学、勘ちゃんは高校からだもんね・・・」
「***は中学公立いったからな。」

一卵性の双子じゃないほうが不思議なほどソックリな二人が揃えば
それぞれに熱を上げる女子の視線を集める
それを特に気にすることもなく食堂へ向かえば、食堂の入り口には既に見慣れた三人が二人を待っていた

「遅いぞ二人とも!」
「ていうかいつも思うんだけど、三郎はなんでわざわざ雷蔵を迎えにいくの?」
「二人が付き合ってるとか、生き別れの双子だとか・・・色々噂がたってるのだ。」

先輩にも後輩にも、もちろん同輩(全体的に男子)にも好かれる竹谷
年上お姉さんに好かれる尾浜
教授や先生方、年下お姉さんに好かれる久々知

この三人と合流すれば、まるでアイドルグループをみたかのように黄色い声でひそひそし始める周りにも、入学してから3ヶ月にもなれば慣れる
いつものように食券機にならべば、やはりいつものように不破が悩み始めた
第2食堂は旨い安い早い、そして量も多く席も多いと大人気
あっという間にできる列に、鉢屋が不破のメニューを決めるのもまた慣例だ

「・・・八左の食事量は見るだけで胃が膨れるのだ。」
「兵助が小食なんだよ。」
「勘ちゃんも同じくらいじゃないか。」
「勘右衛門はこのあと第1食堂のカフェに行ってケーキたらふく食べるからな。」
「見てるだけで胸焼けしちゃうよね。」
「そういいながら付き合ってくれる雷蔵が好き!」

空いている席に座った五人は、男子学生に相応しいがっつりメニューを前にわいわいと雑談しながら、普通よりはやい速度で食べ進める
一番最初にご馳走さま!と箸をおいたのは一番量のあった竹谷で、そのあとを追うように全員が食べ終われば
カチャ、と箸を置いた不破がそっと立ち上がる
それを不思議そうに見る竹谷、尾浜、久々知の三人と、あぁ。と不破の目線の先を見る鉢屋

「兄さん・・・、」

遅れて鉢屋と同じように不破の目線を追った三人は、不破の呟いた単語に目を見開く
不破に兄弟がいることを、三人はたった今知ったのだ
それもそのはず。不破は今まで兄弟がいるような片鱗さえ見せてはいなかったのだから

コツコツと靴を鳴らし歩いてくる男子・・・***に、五人に対し黄色い声を上げていた女子たちが***に対しても同様の声を上げる

「昼食べて遅くなった。」
「うん、大丈夫。あの」
「ずっと家にいろよ?僕が帰れないからね。」

キーケースから外した鍵を机に静かに置き、そのまま踵を返し食堂を出て行こうとする***の手を不破がつかめば
その手に***の反対の手がのせられ、剥がされた

「なに?」
「バイト、ある?」
「あるよ。」
「・・・あの、」
「もういいかな?悪いんだけど・・・あまり一緒にいるのをみられたくないんだ。」

やんわりとした声と突き放すような言葉、そして貼り付けただけのような笑み
それらに対して伏き気味に謝罪を口にした不破の横で、鉢屋が口を開く
その顔は不機嫌を浮かべているが、他の三人も怪訝そうな顔をしていた

「相変わらずだな。」
「やぁ久しぶりだね。じゃぁ不破、起きて待ってるなんてことはしないでくれよ?」
「おい!」
「三郎っ、いいから、」

特に何か言うでもなく、***は食堂から出て行った



似てないどころではない
弟を苗字で呼ぶ声は冷たく、目は拒絶を映していた