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「ち、が・・・僕、兄さんが、兄さん、い、しょに、」
「僕じゃないだろ、僕は・・・ずっと、手を繋いでるつもりだった。」

痛みを感じたかのように手を握った***は僕じゃないと言い続ける雷蔵に傷ついたように目を揺らし、もういいと会話を試みた自分を恥じる
何もかも今更で何もかも無意味だ。***は双子らしい何かなんてないもんだと、雷蔵の姿をぼんやり眺めた

「ごめん、なさい・・・っ、ごめんなさい、」
「謝るくらいなら最初から」
「僕を、なかったことに、しな、いでっ、」

儚げに泣く雷蔵に口を噤み、行かないでと縋る手を思わずつかむ。崩れるように膝をついた雷蔵は兄さん兄さんと幼子のように泣き続け、そして、玄関の開く音に振り向いた***に泣いたまま笑った

「兄さん。」
「なん、だ・・・、なん、は、・・・?」

深く、深く、ナイフが腹部へ突き刺さる。よろめき壁に当たった***は抜くなと叫ぶ鉢屋の声にナイフに顔を向け、柄に触れてきた雷蔵に乾いた笑みを浮かべた

「死ね、ってか、」
「止めろ雷蔵!」

引き抜かれたナイフに目を細め、***は微睡むように壁に擦りながら床へ落ち天井を見つめる
なにか泣き叫んでいるらしい雷蔵は鉢屋が抑えていて、血は止まらない

「そんなに僕の兄さんでいるのが嫌ならっ、」
「もう、僕がいなくても平気だろ・・・そいつをはじめ、心許せる奴が、いる、じゃないか、・・・ずっと一緒は無理だ、わかるだろ。ただの双子なんだから。」

家族は血のつながりのある他人。絆は信頼で得るものだ。薄れていく声にナイフを落とした雷蔵の横で、鉢屋は救急車を呼びながら意識を失った***に息をのむ

サイレンが木霊する。***の傷は深く、意識はない。最悪の状態に駆け巡ったのは、雷蔵を犯罪者にしたくないという思いだ
ナイフを流しへ、雷蔵の手ごと血を洗い流す鉢屋は、兄をぶつぶつ呼びながら人形のようにされるがままの姿に歯を噛みしめる

「雷蔵っ、雷蔵、君は悪くない。君はなにも、・・・私が、悪い。」

とりあえず座っていてくれと雷蔵を残し毛布で***を包んだ鉢屋は、血だまりを拭いだした。証拠を消すためにと漂白剤をまいて、***を抱える

「・・・にいさんを、どこへつれて、いくの?」
「わからない。わからないが、」
「ぼくがこんなきおく、もってなかったら・・・にいさんは、にいさんは、」

『さぶろう!』
『あっ?らいぞう・・・!』

一気に色の抜けた顔は白く、戦慄く口が信じられないとでもいうような震えた声を漏らした。何で忘れてたの、何であんなこと、そうか細く声が漏れる

「ちかう、ぼくだ・・・ぼくが、にいさんから、はなれたんだ・・・」
「雷蔵っ?雷蔵、いったいなにを、」
「にいさんごめんなさい、ごめんなさい・・・ぼくがうまれたことが、まちがいだったんだっ・・・」
「雷蔵!」

流し台に向かった雷蔵にのばした手は掠め、鉢屋の目が見開かれた。雷蔵の手にある包丁に、***をおろして駆け寄る。刃は躊躇いなく首に宛がわれ、引かれた
ギギギと肉を抉った包丁を取り上げた鉢屋は、ごめんなさいと消えていく声に首をふりごとりと倒れる雷蔵に叫ぶ

部屋に入ってきた救急隊員は血飛沫と血溜まりが描く室内に一瞬足を止め、倒れている***と雷蔵二人の間で呆然とする鉢屋に声をかけた
鉢屋はふらりと顔を上げ、真っ赤な手を縋るように伸ばす

「たすけて・・・ください、二人を、ごめんなさい・・・私が、二人を、傷つけました・・・」

騒がしくなる部屋の中。鉢屋は頭を抱えながら笑い、それ以降一切周りの声に反応しなくなった。私がやりました、ごめんなさい、そう呟く以外何もない鉢屋に、届く声は終ぞあらわれない


一命は取り留めたが麻痺が残った***と、記憶障害により幼児退行した雷蔵。そして、証拠を隠滅しようとした罪で保護観察処分となった鉢屋。果たして誰が望み誰がねじ曲げ誰のための結末なのか、答えは誰にもわからない