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「その麗しきお姿はもしや天女様ではありませんか!?私はご存知平滝夜叉丸!四年い組を越え学年一成績優秀且つ学園一戦輪を愛し戦輪を得意とする眉目秀麗運動神経抜群のこの平滝夜」
「滝うるさい黙って。」

代弁者綾部喜八郎などと思ってしまうのも無理はないレベルで喋りだした平に、動揺した***は失礼しますと足を庇いながら走り出す
けれどこの敷地内は競合地区と指定される忍術学園。不審者である***をすれ違う生徒は見つめ、足元は罠だらけだ
当たり前のように溝が前に現れ捻挫の痛みを堪えていた***は急いで止まるも、痛みで踏ん張れず地面が崩れる

「天女様は不運なんですね。」
「ふ、不運・・・?」

二の腕をつかまれ片足が浮き、地上に残った片足から力が抜け地面に座り込んだ***は、二の腕をつかむ綾部を見上げ泣きそうな顔でそんなんじゃないと足を溝から出した

「・・・ありがとう。」
「貴方が生徒なら保健委員会に入れそう。」

怪我ばかりの私が保健委員とか。とないかなと首をふった***は生きて帰りたいなら門まで案内しますよと先頭を歩く綾部についていき、まさかこの子が犯人かと少しだけ殺意が芽生える

「知っているとは思いますが、善法寺伊作先輩は不運大魔王と呼ばれていますから。」
「話し続くんだ・・・えっと、その先輩は生きてる人?」
「生きてますよ。主に同室の食満留三郎先輩が世話を焼いていて、時々巻き込んでいます。」
「巻き込み型・・・たちが悪いね。」
「僕は巻き込まれたことないのでよくわかりませんが、よく僕の落とし穴にかかるのは先輩を筆頭とした保健委員たちですよ。」

それは綾部くんのせいではと口元をひきつらせた***は大きな門までくると、事務と胸にかかれた事務員にサインお願いしますと紙と筆を差し出され言われるままに名前を書き返す
綾部くんは?僕は出ません。こんな会話を聞きながら周りを見回した***は早く帰りたいなと緊張した時の癖で手をこねくり回しながら門が開くのを待つ

「あれぇ?あかないなぁ・・・ごめん綾部くん、お願いできる?」

ヨイショと開けられた門が揺れ、留め具が落ちた。瓦がずり落ち降り注ぐのは***の頭上、角がジャストで脳天目掛けてだ
勿論***は黙って突っ立ってはいない。腕で自分の頭を庇いながらしゃがみこめば、腕の折れる音と昨日も味わったばかりの激痛が走る
門に使われていた瓦は全て***に向かい、腕は折れ体中打撲により痛んだ

「っ、た、」
「だ、だいじょ、っ!う、わっ、」

慌てて駆け寄った事務員は後退り、***は近寄らないのが正解だと笑って立ち上がる。もうそこかしこから痛みを訴える声がして、***は笑うしかないのだ

「小松田さん大丈夫ですか!喜八郎は大丈夫か?何が起き」
「土井先生っ、天女様が、」
「天女だと・・・?」
「この人が新しい天女様でーす。今出て行ってもらおうと思っていました。」

音に駆けつけた土井の後ろから運動場での授業中だったのか、生徒たちが駆け寄ってくる。みながみな***を天女様と呼び、その声は***に届かない
この場に自分以外いなければなかったことにできるものをと思いながらも、学園長に知らせねばと***に近づいた土井は天女様と声をかけ反応をみる

声をかけられた***は顔をあげ、にっこりと笑ってみせた

「すみません驚かせてしまって!」

勢いよく立ち上がり失礼しましたと反転してポケットに突っ込んでいた包帯で折れた腕を吊った***は、こっちは無事かと瓦が当たり割れた固定具を剥がして手に持つ
走って門から出て行こうとする***の手首をつかみ引き止めた土井は天女様ですよねと確信を持って問いかけた

「違いますよ!天女なんているわけないし、どうせなら天界にいる女中じゃなくて女神あたりにしないと失礼ですよ。」
「そ、そうですね、・・・ではなくて!」
「どこへ行くつもりじゃ?」
「うわ、人がいっぱい、」

いつの間にか沢山の人に囲まれた***はどうしようと手をこね、失礼しましたと踵を返し走る。瓦礫を越えて門の外へでた***の肩を掴んだ土井は、勢いよく尻餅をつかれ驚いた

「っ、たぁ、」
「す、すまない、・・・え?」

ざっくりと脹ら脛が欠けた瓦で裂け、そんな強く引いてしまったかと動揺する。そんな土井に引き止めるよう言った学園長は新野を呼びに行かせた

「ちっ、血糊!血糊ですただの!やだなぁびっくりしすぎです!」

それではと足を引きずりながらも逃げる***は軋んで倒れてきた木にそこまでしなくてもと泣きそうになりながら目を瞑る。痛みはそうだな、かけ途中の看板が降ってきた程度だろうか。それとも今度こそ、死ぬのだろうか

一瞬が永遠に感じられる。そんな瞬間は痛みを伴わず、***はぱちりと目を開け自分が誰かに抱えられていることに気づいた
上を見れば、土井が誰かと話しながら自分を抱いていた。どういうことだろうと見上げたまま、土井が自分を見るのを待つ

「治療をします。」
「・・・私、に?」
「他に誰が」
「無駄ですから、いりません。」
「無駄・・・?」
「私、特急の不幸体質なんです。」

ほらね?笑った***は、外から飛んできた宝禄火矢に土井を押し地面に転がった。足も腕も痛みで動くわけはなく、一番近くで助けられる助ける意思もあった土井はなぜか動かない体に焦りながら宝禄火矢と地面を見たまま動かない***を刹那的に視界へといれる

「っ、天女は・・・!?」
「先生こっちです!」

土煙に薄目をあけた土井は頭から血を流し気を失っている***を見つけ駆け寄り、判断を仰ぐために学園長を振り返った
学園長は周りの先生方と目配せをし、職員長屋に空きはと吉野に問う。吉野は頷き土井にこちらへとしめすが、それを潮江が止めた

「今すぐに、始末するべきです。幸い、今なら簡単ですので。」
「潮江文次郎、お主は天女様を即刻始末するべきと考えるわけじゃな?」
「はい。」
「待ってください、彼女が害のない天女様である可能性もあります。」
「数少ない、か?それで、いつまで監視するつもりだ?被害がでるまでか?」
「何でもかんでも処分すりゃいい話じゃないだろっつってんだ。そうやって、下級生が懐いた奴まで手に掛けて後悔したのを忘れたか?」
「たった一度だ、んなことは。」

言い合いを始めてしまった潮江と食満に、学園長は微かに息をつく。お前たちいい加減にしろと、立花が二人を止め、学園長に頭を下げた

「意見を、よろしいでしょうか。」
「構わん。」
「・・・地下牢へ、いれておいてはいかがでしょうか。」

集まる下級生を気遣い小声になった立花は、それでいいだろと二人に問い、二人は正反対を向きながら渋々頷く
変更じゃと吉野に告げ土井へ指示した学園長は、挙手に顔を向けどうしたのかと尋ねた

「せめて手当を、させてください。僕が責任をもって、ひとりでしますから。」
「伊作お前!」
「僕は不運だ。でも、不幸じゃない。この歳まで生きていられて、手に職をつけられるような学舎に通わせてもらって、友もできた。何も不幸じゃない。」

彼女の言う不幸を知りたい。それで、生きているだけで希望があるのだと伝えたい。そう言ってのける善法寺に、もしこのとき***に意識があったならこう返していたに違いない

生きていて苦痛厄難しかないなら、私は生きていないってこと?と。