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土井は記憶障害が起きている間の全てを覚えている訳ではなかった。だが、***を傷つけ***の訴えに耳を傾けなかったことを忘れるほど、土井は自分に優しくはなれない
きり丸も一年は組の誰も、前と同じように、何も変わらない接し方をしてくれる。教師陣も生徒たちも、土井に優しい。だからこそ、***の態度に何も言えないのだ

「おはようございます。」
「あ、はい、おはようございます。」

すいと滑らかに頭が下がり、興味もなにもないような目が自然に自分から外れる。ダメージは、土井の覚悟を遥かに越えた威力で決意を砕いていった

「***先生。少しお話が、」
「今でなければ問題が?」
「・・・いえ、」
「なら後日で。失礼します。」

想いを伝える勇気も、決意も、全て押し付けでしかない。そう思うようになり、土井は***と同じように挨拶をして、業務連絡を交わして、そうして徐々に互いが関わらない日常を当たり前にしてしまう

それをみていられなかったのは何人かいたが、行動を起こしたのはきり丸だった
***を探しにくノたま長屋へ忍び込んだきり丸は、***の姿を見つけ駆け寄る。***先生!そう呼べば、***は何の感情も浮かんでいないような顔で振り返った
勢いよく頭をさげるきり丸に、小さく首を振る

「***先生、本当にすみませんでした。」

忍たま一年に頭を下げさせる女教師の図。いやなものだと小さく息を吐き出し、***は自分を守るように片腕をつかみ爪をたてた

「あなたからの謝罪は受けられないわ。」
「なんでですか?・・・一生、許してもらえない、からですか?」
「怒っていないから。殺さないでと言ったあなたには土井先生が唯一の家族なんでしょ?なら、それは正しい。正しい行為に、私も同意見。だからあなたからの謝罪は受けられない。」

難しい顔をするきり丸に、***の目が伏せられる。大切にしてと、背を向けてしまった

「あっ、」
「土井先生はあなたを大事に思っているわ。だから、あなたも今を大事にね。」
「土井先生は***さんが好きなんです!だから***さんがいないと」
「私は自分も幸せにできない存在だから、誰も幸せにできない。お使い気分なら、関わらないでちょうだい。」

早く戻りなさい。突き放すような物言いに、きり丸はぐっと拳を作り頭を下げる。そして逃げ出すように背を向け走って長屋から出て行った
***は緊張を解き、汗を拭う。土井の顔を浮かべ眉を寄せながら、力なく頭を振り思い詰めるように笑った

「私では、彼を戻せなかった。私は、彼には必要ない。」

辛いと泣きそうに顔を歪めるのを。苦しいと胸をおさえるのを、建物の陰に隠れていた山本は自分のことのように悲しみを感じる
もうなんの障害もないというのに、***は土井を諦めてしまったのだ。それではあまりに、哀しすぎるではないか