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***は愛想が良かった。外面において追随を許さないほど、少なくとも親戚受けは良い
大きくなったのねぇ。お年玉よお年玉。今日は家に泊まりなさいな。色んな言葉に笑みを浮かべたまま答える***を遠巻きに見つめる雷蔵は、何も読み取れないような目をゆっくりと両親へ向ける

「・・・」

微かに開閉した唇から音は漏れず、食欲がないのか箸をおいた。箸は微かに歪んでいる
せめて道中車内で***と隣なら、法事の席で隣なら、もしかしたら雷蔵は今伏せた顔を無にさせ過去を反芻させたりなどしなかったかもしれない

会食が終わったのは夕方で、車にのりかけた***のスマホが鳴り、電話に出た。相手は同じ講座を受けている学友らしく、あるあると頷いた***は一度スマホを離し両親へと顔を向ける

「友達が明日朝一の講義で使う資料無くしたっていうんだ。同じ班だから僕のコピー渡すことになったんだ。」
「あら、なら早く帰って探さないとね。」
「どうせどこにあったかな、とか考えているんだろ。」
「大丈夫大丈夫ちゃんとあるから。多分。だから、今日泊まれない。」

残念そうにする母親にごめんってと苦笑する***は実家に帰って早々に着替え、バイクに跨がった。雷蔵は父親が送るらしかったが、母親の微妙な顔に***は思わずヘルメットをもう一つ取り出し雷蔵に投げる
素早く***の方を向き難なくつかんだ雷蔵は、呆けながらもそれを被り躊躇いながらもバイクへ近づいた

「・・・ありがとう。」
「早くしろ。」

後ろを叩いた***は父親に軽く手をあげ、恐る恐る背にくっついてくる雷蔵に小さく息を吐き出す
街灯が過ぎ去る道路を走らせるバイクの上は当たり前に沈黙で、けれど強く服をつかまれるほどそれが無言の責めに思えてならない。家につく頃にはすっかり、***の気分は下がっていた

「ヘルメット持ってくなよ。」

ヘルメットを外しながら行ってしまう雷蔵に舌打ちを一つ、***は鍵をかけ走ってあとを追う。だが姿が一向にみえない、雷蔵が走っていったか自分が雷蔵を乗せていなかったのかわからなくなるほど、音も影も視覚できない
そのまま玄関扉の前まで来てしまった***は施錠はされていないドアを開け中へ入ると、荷物を下ろし真っ暗な廊下に立ち止まる。カーテンがしまっているのか、つかない電気にブレーカーはと上を見上げた。なぜかポケットに光源になるスマホはなく、仕方なく靴を脱ぐ

「・・・せめて懐中電灯がほしいな。」

とりあえずカーテンを開ければ月明かりがとダイニングへ足を踏み入れ、勢いよくカーテンを開けた
物音一つしない室内は肌を刺激する寒気で充満している

「・・・不破、いるのか?」

自分も不破だろうに、一拍おいてのセリフに何も返らない

「それは予備なんだ、返してくれ。」

こんな積極的に話しかけたのはいつぶりか、***は雷蔵の部屋の前までくると控え目に何度か戸を叩いた

「・・・いないのか?」

ドアノブに手をかけ、そして離す。他人が自分の部屋へ勝手に入る状況は逆ならば鳥肌がたつほど嫌だからだ

「入らないの?」
「不、」
「入りなよ。」

勢いよくドアが開かれ、***は中へ押される
倒れかけた体勢を立て直した***の目は暗闇で何もとらえず、ドアの閉まる音だけを聞いた

「不破、一体」
「そう、僕は不破雷蔵。兄さんも、不破。不破、***。一緒だよ。それが、今唯一の繋がりだ。」

床に伏せさせられ、背に加重が。息を詰めた***がきつく咎めれば、腕をひねりあげられ、簡単に動きを制限された

「僕が悪い。僕が幼稚で自分勝手で、それが招いた。でも、これは・・・こんなのはあんまりじゃないか。」

あんまりなのは今の自分だと、言おうとした***は腕を強く掴まれやめろと叫ぶ。商売道具だ、その声には怒気が込められていた

「・・・なにが、したいんだ。」
「***がほしい。一緒に、なりたい。」

開いた口が広げられた襟口から覗く肩へ触れる。背が伸び、***の目が泳いだ
静止の声も発する暇なく、勢いよく皮膚に肉へ歯が食い込む。痛みは、じゃれついたという程度では決して済まない

「い、いたっ・・・?」

なにが起きたどうしてこうなった、痛みに苦言を漏らしながら疑問を拭えない***は冷たくなる親指に強く雷蔵の服をつかんだ

「仕事、で、きなくなる、・・・とってくれ・・・お願いだ。」

ゆっくりと離れた手から落ちた腕は痺れていて、***は身体を起こし指に異常がないか確かめた。肩の痛みよりまずはそちらだ

「シャレじゃ済まないぞ・・・」
「冗談でこんなことしない。僕は真面目だよ。」
「頭、おかしくなったか。」
「***まで、そんなこというの?」

肩を抑える***にひたりひたりと寄る雷蔵は、乞うように***の頬を撫でる。ひんやり冷たい指先に、***は微かに息を詰めた

「触るな、」
「***は知っていて、助けて、くれないんでしょ?」
「何の話だっ、いい加減に」
「その気になればっ、・・・***を閉じ込めることだって、できるんだ。」

浮かべられた笑みに、***は口を半開きにしたまま固まる。雷蔵は誤差のような抵抗を無視して***の手首を束ね、大事だよねと微笑みながら指を一本反らせるようにつかんだ

「や、めろ、やめろ・・・!」
「大事なもの全部壊して、***が独りになれば、僕の兄さんに戻ってくれる?」

暗闇に慣れた目が涙を拾う。泣きたいのは自分だと、言える空気てはない。***は雷蔵をみながら、なんで今更とぐるぐる考える

「・・・らいぞ」

口にするのを拒むように鳴ったチャイムに、雷蔵がぱっと顔を上げた。その隙に抜け出した***はのばしてくる手を叩いて払い、苦虫を噛み潰したかのような顔で吐き捨てる。インターホンのモニターには鉢屋が映っていた

「僕の背から出たのはそっちだ。」

ギッと食いしばられた歯が鳴る。***は指を庇いながら立っていて、僕じゃないと、確かに呟いた