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「おはようございます。」
「おはようございます、***先生。」
「・・・なにをされているのですか?」
「・・・笑いませんか?」
「場合によっては。」

深いため息をついた土井に笑いません笑いませんと苦笑して首を振った***は、土井から一席空け椅子に座った。手にははんぺんのエビ衣揚げが副菜とした煮魚定食がある、土井の前にある食事と同じだ

「こいつと、戦っています。」
「・・・誰とですか?」

こいつと示されたのは明らかにはんぺんのエビ衣揚げ。***には戦うに該当する対象ではないそれに訝しげに、一緒になって土井のはんぺんのエビ衣揚げを見つめる。結果、結論は変わらない

「この煮魚がとても好きなんです。」
「はい。」
「つられて・・・とってしまったんですよね・・・」
「・・・あ、練り物、苦手なんでしたっけ。」
「話ましたか?私。」
「うどんをご馳走になった際、かまぼこを仇を見る目で見てましたよね?その時に聞いたおぼえがあります。」

煮魚を丁寧に半分にきった***はひょいとタレだけ少し残る土井の皿へ煮魚をおいて復活させ、そのままはんぺんのエビ衣揚げをいただいた。なんの躊躇いも声かけもなしに

「いただきます。」
「・・・え?」
「これ嫌いなんですよね?なら私が食べます・・・そうなると煮魚が多分食べきれないので、半分手伝ってください。」

サクサクとはんぺんのエビ衣揚げを食べ始めた***に潤んだ目を向けた土井は、感謝すると頭を下げにこにこと煮魚を食べる
好き嫌いのない***に土井の気持ちはわからないが、それでも理解しないわけではない。いいよこれ好きだからと好きでもない食材を食べるのは、多分土井に気を許しているせいだ

「・・・隣に、座るのはまだダメですか?」
「・・・あっ、いえ、私箸だけぎっちょなので、肘が当たるかと、」

両方使えるは使えるが、慣れたほうがどうしても。困ったように箸を置いた***に、土井はほっと息をついた
そして***のトレーを真ん中の席に移動させ、これで大丈夫ですねと***の右側になるように土井はし、や身も席を移動する。***は少し驚いたように、けれど頷き大人しく席を一つずれた

「六年生、みなさん無事に進路が決まりましたね。」
「はい。五年生のとき一年だけですが、副担任として顔を合わせてきましたし六年生になってからは就職活動で相談に乗ったり・・・寂しくなります。」
「次は新一年生の主担任になるとお聞き」
「え?」
「・・・・・・あ、内緒でしたすみません。忘れてください。」

席を移動することで逃げに入ろうとした***のトレーをつかみ、土井はどういうことですかと深刻そうに***を見上げる。***は眉を下げながら土井をみて、あははと情けなく笑ってみせた

「もしかして、知らないのは私だけですか?」
「あ、いえ、安藤先生や日向先生は知らないかと。うっかり話してしまいそうだからと話していた気が・・・って、私もダメでしたね。」
「私が、一年生の、担任・・・?ざ、座学ですか?実技ですか?もう一人の担任の先生は、」
「内緒なので言えません。」
「いいましょうそこは・・・!」
「あんまり騒ぐとおばちゃんの雷が落ちますよ?」

こてんと首を傾げた***は改めてと座り直し、いただきますと箸を持つ。食事をとる横顔を見ながら、土井は深いため息をついて席にもたれた

「私に、できるわけないじゃないか・・・」
「できますよ 、私が出来ているのだから。まあ、生徒数は違いますが・・・大丈夫です。」

味がしなくなったと煮魚を暗く見つめる土井に、***は曖昧に笑う。これでも本当に大丈夫だと思っているのだ

「根気強く私と接してくれたあなたが、生徒と向き合えないわけありませんから。」
「・・・それは、」
「顔を見て話せるようになりましたし、多少なりとも触れることもできるようになりました。・・・ありがとうございます。」

あなたは素晴らしい人だと、***は髪紐を差し出したながら言う。これはと首を傾げた土井は、編んでみたのだという***に不思議そうに頷いた

「願掛けをして編みました。使っていただけますか?」
「願掛け、ですか。」
「一年間・・・土井先生の過ごす一年が、幸福に満ちていますように。」
「担任の話がなければ素直に喜べたんですけどね・・・」
「お揃いです。」

一緒に頑張りましょうねという意味だろうに、土井はぐっと堪えありがたくいただきますと懐へしまう。はいと笑った顔は実年齢よりうんと幼く、あどけない

「この後お時間があれば、少し手合わせいたたきたいのですが。」

珍しいと驚きながら煮魚を口に入れた土井は身体がナマっててと恥ずかしそうに笑う***に微かに笑った