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開いた黒眼に責められたらと、目をそらしたのは私の弱さだ。わかってはいるが、部屋に繋がれた姿が嫌で堪らなく、殺す決断を躊躇わずしたのは私念に等しい


「土井先生。***先生が、探していましたよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「土井先生こんなところに、***先生が用があるそうですよ。」

斜堂に話しかけられた土井は握り飯を袂へしまい、振り向いて頭を下げる。その後ろから歩いてきた厚着にも同じ様なことを言われ、土井は頭をかきながら頷いた
わかっているのだ。わかっていて、逃げているのだ。土井はそれじゃと自室へ向かい、***がいないことを確認しそっと室内へ入る
書類と握り飯を置いた土井は深いため息をつき忍ばせている懐刀を着物の上から押さえた

「・・・よくも母を殺したな、か?それとも、なぜもっと早く助けてくれなかった、か。」

助けてやったんだ感謝しろ。とは思わないが、文句を言われるのも嫌なものだ。いや、そうではない、そんな文句をいうような人ではないことを、土井はよく知っている

「土井先生、灯りくらいつけたらどうです?」
「あ、すみません・・・」

***に悟られないためといえようか、ずっとは無理でもどうせ明日から授業を再開するのだろうからそれまでは見つからないでおきたい。***が目を覚ました、それで満足だ

部屋へ戻ってきた山田に苦笑して明かりを灯した土井は、じっと見られ顔を上げた

「***先生の目が覚めたようですね。」
「そうみたいですね。」
「土井先生を探して走り回っていると、食堂のおばちゃんが心配していましたが何かありましたか?」
「いえ、それは・・・」

口を噤んだ土井は戸を叩く音に戸惑いながら戸を見て、その様子に山田がため息をつきながら戸を開ける。一人分開けられた戸からでは姿は見えないが声は確かに***のもの、***は傷ついた様な声で土井はいないと告げる山田に頷いた

「お願いが、あります。」

固い声に土井の手が筆を強くつかむ。墨が落ち、半紙に染みが広がった

「助けていただいて、ありがとうございました・・・って、不謹慎かもしれないんですけど、とても格好良かった、ので、」

すわっと、思わず腰を浮かせた土井は遠のく***の気配に筆が転がり落ちるのも気にせず勢いよく部屋を出る。どっちへと問う土井に、山田はあんたらねぇと塀の向こうにあるくノたまの敷地を顎で指した

「しっかりしなさいよ半助。」

タンと塀に上がった土井は頷き長屋の屋根へ飛び移って悪態を飲み込む。すぐに見つかった***は何やらシナと立ち話をしていたが、こんな女と発した***に物影へ隠れた

「私、やっぱり・・・チャミダレアミタケに、戻ります・・・」
「本気なの?」
「あ、あんな姿っ、見られて、お礼だけでもって、それが、まちがい、で・・・!どうせ、どうせもう、これ以上良くなんてならないし・・・忍務なら私なんとかなるもの、」

助けてと叫んでいるように錯覚する***の声は、喋るごとに冷めていく。土井はシナと向かい合う形で***の背後に近づいた
気づいた***が振り返れば、その顔は諦めのようなものを浮かばせ目は静かに伏せられる

「私、部屋へ戻りますから。」

頭を下げ部屋の戸へかけた手をつかんだ土井は、息をのみ払われたそれを気にせず小さく謝る***の腕を強く掴んだ

「ッ!!」
「話を、しませんか。」
「いっ、いいです・・・!追いかけ回してごめんなさいっ、も、もうっ、いいんですっ、」
「話がしたいっ、逃げまわって、すみませんでした。話を聞いていただけませんか。」

逃げたくて堪らないといった様子の***は、土井の背後に忍び寄るシナに救いを求め口を開きかける。けれど、それは驚きに代わり***の身体が斜めった

「うわっ、」
「きゃっ!?」

ぐっと押された土井が***に当たり、***がバランスを崩したのだ。土井に抱き留められた***は力の抜けた身体を土井の腕に投げ、にっこりと笑い戸を閉めたシナを呼ぶ
***の青ざめる顔に申し訳なくなりながらも、土井は力が入らない様子の***を座らせ少しだけ離れた

「・・・大丈夫ですか?」
「は・・・い、」
「恨んでいますか?私を。」

強ばり顔を上げた***は首を振り、ごめんなさいと鼻を囲うように顔を隠す。私がやらなきゃいけなかったのにと、ツンと鼻が痛くなるほどに泣くのを堪えていた

「ありがとうございましたっ・・・あ、の時、身体が、全然動かなくて、あんな縄、簡単にほどけるのに・・・!なのにっ、で、できなくて、」
「私はただ、あなたを縛り捕らえる枷を壊したかっただけです。助けようや救おうなどとあなた本位に考えず、気に入らないから壊してやろうという・・・自分本位な考えで、あなたの母親を殺し縄を絶ちました。」

申し訳ありませんと頭を下げる土井に、やめてと首を振りながら***が触れる。驚き自分をみた土井の目に、***は頭の中が真っ白になるのを感じながら手を離しぐっと拳を作った

「ごめんなさい・・・私なんかが、触、」
「私は父を討たれ故郷を焼き払われ、裕福であった生を奪われました。贅沢をしたいわけでも偉ぶり誰かを従えたい訳でもありませんでしたが、親を失い育っていた故郷を失い、習い半ばの武術や学問を生きるための稼ぎにできないかと・・・最終的に、忍ぶ者になりました。運良く、城に仕えることができましたし。」

じっと自分の手を見る土井は、それをキツく握りうずくまるように額に宛がう。そこから絞られた声が、震えて発された

「抜け忍、なんです・・・私は、」
「抜け、忍・・・裏切りを、」
「しました・・・追われている所を山田先生のご一家に助けられ、今に至ります。抜け忍の件を片付けて下さった学園長先生の作る教育の場に立ちたいと、山田先生のような教師になりたいと、自分の意思でここにいますが・・・まだ、もし父が存命であのまま育つことが叶ったらと、思ってしまう自分もいます。そんな私を、軽蔑しますか?」

一筋の汗を垂らし懺悔のような問いを投げかけた土井に、***はゆるりと首を振る。いいと思いますと、微かに笑みを浮かべながら

「私はあの日、私に触れる男を殺しました。幼い私が大人一人をやれたのは奇跡に近く、逃したら一生こんなことをさせられて病気になったら棄てられて死ぬんだと・・・だから、火を倒し納屋を飛び出しました。縁があり私はくノ一として生きる道に立てましたが、身体を使うことでしか生きていけない私を、軽蔑しますか?」
「するはずがない。必死に生きてきたことは身体中の傷をみればわかりますし、今こうして」
「身体、中・・・?」
「え?あ、いや、その、先の件で少し・・・み、見えてしまっただけで」
「っ、」

真っ赤になり自分を抱き締めた***は、耐えきれないようにぼろぼろと涙を零す。掠れた泣き声は、自分を責めるようなものだ
土井は泣かせてばかりだと頭をかきむしり、半ば叫ぶように***の両腕をつかんで顔を上げさせた

「あなたは綺麗だ!」
「ッ、」
「あなたのように美しい女人を、私は見たことがない。もっと自分を誇っていい・・・!」

驚きに止まった涙は瞬きで最後の一滴が追い出され、濡れた目がきょろりと動く。そして、ありがとうとゆっくり目尻が下がった

「・・・今度、うどんでも食べに行きませんか?」
「今回のお礼に、私が」
「仕切り直しです。せっかく手助けいただいた方へのお礼にと町へでたのに邪魔が入りましたからね、ださせてください。」

でもと言いよどむ***は離れた手の温度に鳥肌を撫で、躊躇いながら二人でですかと首を傾げる。それにやっぱり駄目かと思いながら頷いた土井は、少しだけならと目をそらしながらも出た了承に心の底から驚いた