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「しっ、シナ先生っ、シナ先生っ!」

慌ただしく駆け込んできた***に、驚いたのはシナだけではない。場所は学園長の庵だ、茶飲み相手の学園長もまた驚き***を凝視した

「ひ、とがっ、ひとが、いてっ、」
「***先生、落ち着きなさい。」

老婆の姿のシナは震える手を握り、そっと背を撫でる。へたり込むように座った***はシナに促され深呼吸を繰り返した

「ど、どいははははんすけ、せん、せ、が、」

ぶんぶんと首を振った***はまた一つ深呼吸をし、学園長に気づきサッとシナの後ろへ隠れる。条件反射のようなもので、***は学園長とは比較的喋りやすいためすぐに姿を見せた

「土井半助、という先生なんですが、」
「今期からの新入の先生じゃ。実力確かな好青年だと山田先生が推しておったから入れてみたんじゃ。」
「・・・先ほど廊下で出会しました・・・受け持つ学年、組、担当授業数を教えていただきたくて・・・シナ先生を探して、すみません、突撃してしまいました。」

しょんぼりと頭を下げた***にほっほと笑う学園長が、印象はどうじゃと優しく問う。一所懸命に会話を試みる***の姿はとても愛らしい

「少し意地悪そうで、でも優しくて・・・きっと、」

ぎゅうと手を重ねつかんだ***は辛いことと呟き涙を零した

「・・・あとで、情報をください。」
「仲良くなれそうですか?」

えっ。小さく弾かれるような驚きにシナは微笑み、あなたより年下ですよと首を傾げる。それにやだだめと半ば叫ぶように、恐いものから逃げるように、***は急いで頭を下げ庵から走って外へ出て行った

「駄目・・・か。」
「漸くあの子と相性の良い殿方が見つかったようですね。」
「そうじゃのう・・・しかし、あれはまだ抜け忍。解決し安らぎ居場所を経て、角がとれるじゃろう。」
「その時にそばにいるあの子がどう変化するか・・・どうやら初対面ではないようですからね。」

こういうのはどうだろうかと互いに発したその案はほぼ同一で、学園長はすぐに山田を呼びつけにやりと笑う
いやな予感と一瞬天井をみた山田は、それでもちょうど良いのではなかろうかとその思い付きに乗っかった

山田はすぐに予定していた土井の業務割りをシナと話し合い変更し、***の業務割りもまた変更する。といっても***には座学の受け持ちがあるため、土井側を大幅に変更するものだ
まだ組を持たない土井はその殆どの時間を人に何かを教えるという教師の職を学び、安全な武器管理や授業内容の整理に宛てていた
それを、***を指導係としてやらせようというのだ

「半助、ちょっと来なさい。」
「はい。」

キンと刀を納めた土井はその懐刀を忍ばせ、山田についていく。外面のいい土井は山田には特に素直であり、歩く山田の背に疑問は投げかけない
山田が真っ直ぐ職員室へ向かったため疑問を持たなかったこともあるが、そこにいた若い姿のシナに珍しいなと微かに驚いた

「くノたま教室実技担当、山本シナ先生だ。面識はあるか?」
「学園長先生との面談でお見かけしたのも山本シナ先生でしたが・・・あの、お姿が、」
「私の姿でお話は何度か。」

一瞬目を離した隙に老婆の姿へと変わっていたシナへ半歩下がった土井は、すくざま凄いと瞬きをする。また若い姿へと変わったシナはありがとうと微笑み、紹介するわねと出入り口の方へ手招きを見せた

「ッ、」
「くノたま教室座学担当、***先生よ。」
「土井先生、あなたの指導係ですからね。」
「・・・彼女が、ですか?」

忍たまとくノたまの敷地が分かれていることは初日に教わっていて、ひと月以上経った今も足を踏み入れたことがない。入ってきた***の固まる姿を振り向き見た土井は、くノたま教室の先生である彼女になにを教わるのかと首を傾げる

「***先生、ご挨拶を。」
「は、いっ、」

大回りをしてシナの横へ立った***は目線を下げたままお辞儀をし、よろしくお願いしますと小さく口にした

「土井先生は兵法に秀でてらっしゃるとお聞きしました。***先生も、学ぶことがあると思いますよ。」
「はい・・・よろしくお願いいたします。」
「お願いします。色々、わからないことが多いので、助けていただければと。」

震える手に目がいった土井は、そういえばと一歩だけ***へ近づく。腰を折るようにすれば、***の耳に顔が触れるほど
悲鳴を飲み込み目を泳がせた***は自分を守るように手を胸の前で重ね、かかる吐息に脂汗を垂らした

「男が苦手なのは、変わらずですか?周りはご存知で?」

耐えきれない叫びを口の中に響かせ、青ざめた***はシナに抱きつき笑う膝をなんとか崩れさせない。ぼろぼろと零れる涙を見せまいと袖で顔を隠しながらも、恥ずかしいからというそれを理由として***が土井どころか慣れ始めた山田の顔まで見れなくなってしまったのは明白だ

「ごめんなさいね、この子異性が少し苦手なの。」
「す、すみません、内緒ならひっそり聞いて、指導係を替えていただければと・・・その、・・・申し訳ありません。」

青白い顔を微かに捉え目を伏せながら謝罪を口にした土井は、とりあえず離れますねと山田より更に距離をとった。前途多難である