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「今日はお客さん少ないね。」
「日中は多かったみたいでゴミは沢山。本当、髪質って様々ですよね。」
「すごく綺麗な・・・赤毛・・・」
「目が怖いよタカ丸さん。」

しゃがんでじいと髪の毛を見つめる斉藤に髪の毛のお化けでも作ればいいのにと呟いた***は、今の内にと休憩に入っているスタッフの代わりに入り口をみた

「いらっしゃいませ。」

いつもの***よりコンマ数秒反応が遅れたことに斉藤は顔を上げ、入店したお客にあ。と声を発する
***は構わず接客を開始した。営業スマイルに歪みはない

「当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」

ご新規さんとわかっているからこそのセリフに斉藤は幸隆に事情を話すべきか戸惑い、いらっしゃいませに反応して奥から出てきた幸隆へ近づいた

「***は指定できるの?」
「承っております。本日はいかがされましたか?」

どうぞと席を案内した***に幸隆は大丈夫だと斉藤を落ち着かせる。***の口は滑らかに、普段通りにお客から要望を聞き出していく

「ねぇまた指名してもいい?」
「ええ喜んで。」

本当に大丈夫かなと不安になりながらも、斉藤には***の仕事の邪魔をすることはできない。***は指先から伝わる髪の感触や手の平に感じる重さにきっと集中していることだろう、斉藤はゴミを纏めながら何か***が好きな食べ物のある店に食べに行こうかと悩む

「雷蔵はここで働いてるの知ってる?」
「伝えてはいません。」
「へぇ・・・言ってもいい?」
「どうぞ。」

ぱちくりと驚いた尾浜の毛先を整えながら、***は平常心のまま鏡越しの尾浜と目を合わせた

「やましいことを、しているわけではありませんので。」

残念だったねと、斉藤は小さく安堵のため息をつく。***にとって美容師とは家族の諍いや自身の感情よりも優先されるもので、なんの交渉材料にもならない
勉強の邪魔をされるくらいなら、距離を置いている家族に仕事場をばらされるくらいなんでもないのだ

「ありがとうございました。」

荷物を手渡し笑顔を作る***にまたくるねと笑った尾浜をみて、斉藤は今日はなんだか気疲れしたと息を吐き出す
***はそろそろ店を閉じる準備にかかるかと幸隆に問い、幸隆は頑張りましたねと***の頭を撫でた

「・・・ありがとうございます。」
「店長、この後近くのラーメン屋さんに行ってもいいですか?」
「ええ良いですよ。」
「***行こうね。」

え?うん、手を引かれた***は斉藤親子に戸惑う。残って腕を磨きたいのだろう、けれど誘いを断るには斉藤親子の存在は大きい

お先に失礼しますと頭を下げ、二人は店を出る。***はヘルメットを斉藤へ渡すが、斉藤はすぐ駐車場ないとこだからと苦笑した
あああそこかと寒空を見上げる***に、斉藤は澄んでいてきれいだねとマフラーを巻く
確かにと同意して深呼吸、***の口からぽろりと疲れたと言葉が落ちた。斉藤は奢るよと背を叩き、元気だしてとばかりに笑う
気を使わせている事実に自身にイラつきながらも、***はありがとうと本心から微かに笑った

「やっと笑ったね。」

穏やかに笑う斉藤に驚く***は、不自然だったかと自分の頬をつついて首を傾げる
それにううんと首を振り、気にしないでと暖簾をくぐった

「辛味噌ラーメンとネギチャーシュー麺ください。」
「以心伝心?」
「流石に***の好みくらいわかるよ。」

カウンター席で水を一口カラーリングについての討論を開始した***の隣に、すぐ人が入る。ちらとそっちを見た***は、微かに目を見開き斉藤も驚きを顔にだした

「偶然だな。」
「・・・そうだね。」

鉢屋三郎。彼は尾浜のときよりも***が醸し出す空気を重くさせる。思わず嫌だなと、斉藤は目を細めた

「鉢屋くん、この近くなの?」
「おいしいと聞いたからな、来てみただけだ。」
「あれを連れずに、か?」

あ、険悪。と斉藤は***の袖をひき、早く食べちゃおうとちょうどだされたラーメンをしめす
***はため息をついて、ラーメンは確かに時間勝負だと箸を割った

「昼はすまなかった。」
「自覚があるなら控えたらどうだ。」
「私はただ、雷蔵を許してほしいだけだ。恨むなら私だけにしてくれ。」
「ちょっと待って。なら、***に不破くんが言うべきじゃないか。なんで鉢屋くんだけが***に」
「いいんだタカ丸さん。話す気は僕にない。」

ごちそうさまと手をあわせ席をたつ***は先に出てると斉藤に謝り、財布をだす手を止め僕がと微笑む姿にありがとうと少しだけ恥ずかしそうに頬をかく

気を使わせるのは本意ではない。不破のオトモダチにつきまとわれるのは気分がよくない。だから、早々にやめていただきたい
短気というわけではないが、気長でもないのだ。***はスマホを操作し、ダイヤルを直接打ち込んだ
ちょうど店から出てきた斉藤は、スマホを耳にあてる***に首を傾げた

「僕だけど。」
「電話?誰に?」
「約束が守れないなら、家族会議にかけるけど。どうする?」

何の話?と更に首を傾げる斉藤は、漏れて聞こえる焦ったような泣いているような途切れ途切れの音声に不破くん?と***をみる
***は斉藤に対して軽く頷き、冷めた声で追い詰めるように言葉を発した

「なら証明しろよ。他言なんてしていないと。」

待って!より一層強く聞こえた声は強制的にきられ、***は電源を落として舌打ちを漏らす

「つきまとわれるのは好きじゃない。」

一体どうしたのと問う斉藤に嫌がらせをやめさせるのだと断言した***は、嫌がらせかなぁと呟いた斉藤を睨んだ

「ごめん、余計なことだけど」
「僕にとって結果嫌がらせなら、そうでしょ?」
「不破くんからは多分、お願いしてないと思うよ。」
「それでも奴らを止められるのはあいつだ。」

ちょっと心配だよと不安がる斉藤になにがだろうかと思いながら、***は今日泊まってもいいかと斉藤の腕をぽんと叩いた