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「この頃、兵助くんと竹谷くんが一人でいるんだ。」
「学部がちがければ当たり前だと思う。」
「そう、だけど・・・」

声掛けてもいい?控え目に伺う斉藤に、***は少し悩み良いけどとため息を吐き出す
意外とあっさり許可がでたことに驚く斉藤は、本当に良いのかと首を傾げた

「僕が声をかけるわけじゃないから。」
「じゃあ僕、お昼だけでも声をかけるね。」
「タカ丸さんは相変わらず優しいですね。」
「優しいのは、***だよ。初めて会った時からね。」

きょとりとする***に笑う斉藤は、忘れたならいいのだとベンチで菓子パンをつかんだままぼーっとする久々知を見かけ走り寄る
***は自分をちらと気にして首を振る久々知から目線を外し、はたと止まった

「***、今日泊まりに行くんだが夕飯一緒に食べないか?」
「バイト先で食べるから遠慮するよ。」

近づいてくる鉢屋から離れ久々知の手を引く斉藤に小さく笑う。お兄ちゃん・・・微かに聞こえた声に勢いよく振り向いたのは、決して好意的な感情からではない
足を止め鉢屋の後ろに隠れていた雷蔵に目を見開いたのも一瞬、***の目が細まりふいと顔がそらされる
息が詰まったような雷蔵に鉢屋は***の腕をつかみ、話をしたいのだと訴えた

「こっちは何もない。」
「雷蔵があるんだ!五分でいいんだ」
「止めるのだ三郎。***の事情を知ろうとしないで押し付けてはならないのだ。」
「兵助っ、三郎の邪魔をすんなよ・・・!」

どこから現れたのか、***を引き止める鉢屋を引き剥がした久々知は、竹谷に阻まれぐっと眉を寄せる
***は巻き込まれた感に襲われ、大丈夫かと肩をつかまれ斉藤に振り向いた

「厄日?」
「う、う〜ん・・・かな?」
「昔は関係ないのだ。***にとっても、俺たちも、今が現実で今だけを生きるべきなのだ。***には***の言い分がちゃんとある。少し話しただけでわかるのだ、なんで雷蔵がわからないのだ?」
「なぜそう雷蔵を責める!雷蔵は悪くない***を怒らせた原因は私で、」
「だから!それがそもそも間違いなのだ、決定打はそれでも問題はそれより前で、」

これ以上巻き込まれる前にと***は斉藤の手をつかみ、そっと逃げ出す。講堂行こうと諍いから離れる***は前を見ているが、斉藤は兵助くんはわかってくれそうだと少しだけ振り返った

「・・・僕が兵助くんに味方したら、怒る?」
「理由による。」
「***が辛そうだから。」

騒ぎが聞こえなくなった頃、***はようやく足を止め、そして小さく口を開く。顔は、見えない

「あっちが何度となく抉ってきたんだ。」
「***・・・、」

そっとしておいてくれれば風化するのに、痛くなくなってきた頃「ごめんなさい」がくる。いつまで経っても祖父の死も言葉も雷蔵の幼さも忘れられず、生々しく痛みが消えず傷は治らない

痛みを堪え押し込めた声に、斉藤は伏いた。僕だってと歯を食いしばるような音に目を瞑りながら

「僕はもう望まれたままの兄でいられない。」

ふと泣いているように錯覚した斉藤は驚き慌て、物陰に***と隠れる。***はいきなりどうしたのかと首を傾げ、変な独白を聞かせたことを謝罪した

「僕と不破は修復不可。それを念頭に味方するのなら、タカ丸さんなら良いですよ。」
「***はどうして僕を、そんなに大切にしてくれるの?」
「好きだから。」

トクン。なんて乙女な展開はなく、***は斉藤タカ丸という人間が好きだという。それに嬉しいものだと照れた斉藤は、じゃあやめようかなと***の手をつかんだ

「僕はずっと、***の味方でいるね。」
「別に構わないって言ってるのに。」
「僕だから良いなんて言われたら、僕は***が自分でいられなくなる可能性に手なんて貸せないよ。」

意味がわからないと首を傾げた***に、斉藤は兄になんて戻らなくていいと思いつつ人当たりのいい笑みを浮かべる

「絡まれていた僕を助けてくれた、今の***が好きだよ。」
「あー、そんなことも確かにあったな。」

ふっと笑った***は、今日は仕事が捗りそうだと呟いた