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「この前大丈夫だったか?すまなかったのだ、勘右衛門たちが。」

イスを引く音に顔を向けた***は別に構わないとご飯を一口、用があるなら手短にと残り少ない皿をカツカツと鳴らした
久々知は微笑み、まあそういうなと一冊のノートを取り出す。久々知の性格を表すような文字が題として交換ノートと書いており、***の唇がきゅっと結ばれた

「本気でやるとは思わなかった。」
「俺はいつでも真面目なのだ。」

静かにページを捲った***はあなたのお名前はと書かれている下へ不破***と書いて、久々知へノートを返す
けれど久々知はそっちも何かとつっかえし、***が渋々ペンをくるりと回した

「僕から離れはじめたわけじゃない。あっちが、最初だ。」
「あ、おい。」

仲直りが目的なら一生叶わない。走り書きを読んで、食べかけのトレーを持ち席を立ち去っていく***に顔を上げた久々知は、どういう意味だと呟きから漏れた本心に眉を寄せる
せっかくの斉藤が体調不良で休んでいるチャンスだったが、久々知はよりガードの堅い***にため息を吐き出しノートをしまった

「兵助にも失敗ってあるんだな。」
「どういう意味なのだ。」

いやあと***がいた席に座った竹谷は、ラーメンとカツサンドという本人にしてみれば控えめな食事に手をつける
久々知は食欲が鎮まるのを感じ、押し付けるように竹谷のトレーへ手をつけたメイン以外の汁や副菜を乗せた

「食わねえの?」
「いらないのだ。そんな量の食事を隣でされたら、それだけでお腹いっぱいになるのだ。」

腑に落ちないように首を傾げる竹谷は久々知のバッグからノートを取り出し、会話少ないなと苦笑する

「・・・三郎が言っていた原因、覚えているか?」
「家族の死に目に間に合わせなかった。だろ?でもそんな緊急だと当時は知らされてなかったんだし、そこまで恨まれるような」

それだけだろうか。だが、それでも厭われる原因には充分足ると考える久々知は、ノートをバッグへしまい直し次の授業に間に合わなくなると箸を手にした

「親からの呼び出しに行かせないことは、大事なのだ。俺が雷蔵で三郎が勘ちゃんなら、勘ちゃんの誘いは受けない。」
「不安定で苦しそうな勘右衛門でも、か?」
「俺は親がいての自分だとわかっているし、親は絶対なのだ。流石に婚姻の相手も子どもの数もという前の感覚は薄れているが、それでも親は親、蔑ろにできないのだ。」
「俺は兵助みたいに友だちを切り捨てられない。」

カチッと箸が重なり、久々知は無表情で竹谷を見つめる。竹谷は言葉を間違えたと焦りながらも、それでもそう思ったのは事実だと冷たい物言いの久々知を見つめ返した

「いつ、俺がみんなを切り捨てた。」
「例えばの話だろ、そう怒んなよ。」

事実なものかと眉を寄せ、久々知の手に力が籠もる。けれど久々知は理性的な人間だ、すぐに息を吐き自分を落ち着かせることができた

久々知は言う、子どもにとっての親や祖父母の存在の大きさを。尊敬することの必然さを。久々知にとっての当たり前に、竹谷がたとえ顔を顰めたとしても

「雷蔵だけの意見ではなく***の意見を聞かないと、問題はなにも解決しないのだ。だから、俺は内からと」
「雷蔵が嘘ついてるっていうのかよ!」

大きな音をたて、イスが倒れた。勢いよく立ち上がった竹谷の手はトレーを跳ねさせ、汁がこぼれてしまっている
久々知は困惑気味に竹谷を呼ぶが、竹谷は責めるような顔のまま目を逸らしトレーを持って席を離れてしまった
久々知は何がいけなかったのかと不思議に思いながらも、倒れたままのイスを直し空になった食器を重ね返却口へ向かう
竹谷と意見の不一致が起こるのは今に始まったことではない。だから問題などないと思いながら。けれど気づいてしまった。今の自分と竹谷の不一致は、初めてだと