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「お、かえり・・・っ、なさい、」
「ただいま。」

言いながらも一切自分を見ずに袖を捲り手洗いうがいを済ませる***から逃げるように、雷蔵はパジャマも半端に脱衣所からでる

「か、み、きったんだ・・・色も、」

こんなことを言ったならどう返してくれただろうか、昔の***なら。そんな考えに首をふり自室へこもった
雷蔵の部屋にある時計が、ちょうど零時をさす。今日は課題に思ったより手間取ったためお風呂が遅れ、結果鉢合わせたのだ

***の姿を見れた嬉しさや挨拶を返してもらえた喜びは、すぐに生卵を割るように壊された
雷蔵には父親から、***には母親から同時に入電したのだ。あれ以来、母親は一線を引き雷蔵と壁を作っている。父親も、距離を置いていた

「・・・はい、雷蔵です。」
『父さんだ。学校はどうだ?サボってないだろうな。』
「うん。どうしたの?電話なんて・・・珍しい・・・」
『正月は帰るんだろ?年明け冬休み中にお祖父さんの法事がある。』
「珍しいね、母さんから電話だなんて。え?うんうん、あー・・・あ、そういうこと。大丈夫何があろうと空けるから。でも大晦日は無理なんだ、ごめん。」

ドアのすぐそばから聞こえてきた声に、雷蔵はどきりと固まる。電話越しからの父親の声は、ゆっくりと雷蔵の意識を引き戻した

『聞いているのか?雷蔵。』
「うん聞いてるよ。大丈夫、ちゃんと帰るから。」
『そうか。・・・おやすみ、雷蔵。』

プッと切れた電話におやすみと返す雷蔵は、大丈夫だよ母さんと囁く落ち着いた声にぐっと唇を噛み締める
***の声は遠ざかり、部屋の戸が閉まる音がした

「・・・***兄さん、」

***が離れてから雷蔵はただでさえ煙たがっていた親戚からより距離をとられ、孤立している。両親は愛想良く親戚に好かれる***に関する話題にとられ、冠婚葬祭どんな場でも独り部屋の隅で気配を消すだけ
自分は空気だと言い聞かせる時間は苦痛で、それでも隣同士で座る車内は例え自分を一切見ず両親と話すだけの***だとしても、至福だ。邪険にされることなくすぐそばにいられる時間は、それだけだから

「兄さん・・・」

挨拶をすれば返してくれるしこの前のように鍵を忘れたと言ったら貸してくれる。殴られも蹴られも罵倒されたりなんてもちろんしないのだから、雷蔵は***を恨むことも嫌うこともできない
雷蔵にとって***は、紛れもない兄弟であり大切な片割れなのだ

「・・・っ、お兄ちゃっ、い、なくっ、ならないで!」

大きな音をたて、ふらつきぶつかった机からスタンドライトが落ちる
慌ててそれを持ち上げた雷蔵は、壊れてるとへたったアームにため息をついた