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ほら、ゆっくり息を吸って?優しく優しく背を撫でていけば、***は目を見開いたまま涙をぼたぼたと落として自分の胸倉をつかみうなだれる
びくっと時折強張る身体は制御が利かないようで、身体中冷え切ってるのに汗が噴き出して止まらない

「すみません善法寺先輩、伊助が割れた壺で手を・・・***?どうし」
「ぅ、ぁあああっ!いやだっ!いやだいやだ来るなぁっ、ぁ、」

タイミング悪く保健室へ入ってきた久々知が***を呼んだ瞬間、瞳孔がきゅっと細まったまま久々知を凝視した***が叫んだ
途中声がおかしくなり掠れてまた血を吐く。全身全霊で久々知を拒絶する***は、久々知の表情なんてきっと見えていない

「***、どうしたのだ?一体・・・人が変わってしまったようなのだ。」
「ぅるさいっ、うるさい関係ないだろ!替わろうが替わるまいが僕は僕だ!」

ほら伊助が完全に怯えてる。何にって、***の状態と久々知のかお(表情)に
ていうか同じ組のはずなのにこれで授業大丈夫なの?と聞きたくなるが、確か***は入口すぐ一番前の席で授業にかじり付いてるって苦笑してたっけと思い出し納得した

「***・・・俺、何かしてしまったのなら謝るのだ。殴ってくれたっていい。だから、来るななんて言わないでほしいのだ。」

必死に訴える久々知に教えてあげたい。***は記憶がないんだって
でも学園長はそれをよしとしてないし、***も嫌がってる。なら僕は黙って、***の味方でいてあげたい
この学園の中で、***は孤独だ。***はどうみたって怪我前の***とは別人、なのに周りはそれがわからない
逆をいえばら自分たちの名前を呼び変わらぬ喋り方で仕草で接する***が別人にみえるなんて、生徒では僕だけだと思う。記憶がないと知る、僕だけ

「***、落ち着こう。久々知、伊助は鉢屋に送らせるから委員会に戻りな。」

いさくっ、いさくっ、そう僕を呼びながらしがみついてくる***は、時々***が言う十九歳の***になって僕を伊作と呼ぶ

「に、た・・・くな、」

限界を突破して気を失った***は僕に抱きつくように倒れ、その背を撫でながら完全に存在感を消していた数馬に伊助を頼むと、鉢屋に残っててねといいながら***を布団に寝かせた
久々知が手をのばしかけて引っ込めると、逃げるように保健室から出て行く

「兵助っ、先輩!なんで追い出すなんてま」
「***は久々知が怖いんだよ。」

えっ?と目を見開く鉢屋に僕は努めて笑顔で、しかし事実を告げた

「久々知が視界に入る度、***は何度だって錯乱して僕のとこに逃げ込んでくるよ。」