5 
「雷蔵くん」

手を伸ばして声をかけて、もう諦めた
口にするのは最後にしようと、噛みしめるように名前を呼んで
音もなく舞い降りた若い鷹である赤(せき)と、共にふわりと舞った

舞踊というのとは違う

鬼の子は、通常ならば鬼。妖怪だ
人格を持ち、自然に生まれながらも人間に特徴を付随させられた、三大妖怪である
けれど、この鬼の子は、守り神として大切にされていた
つまり、人に信仰に近い想いを寄せられる妖怪。神なのだ

その神への感謝の舞いを、鬼の子は覚えている

「今年はぼくが御子役なんだ。」

白と赤の着物で扇子を持つ雷蔵はそれはそれは愛らしく
そして羨ましく、陰から覗いて舞を覚えて
忘れないようによく踊る

ふわりと舞い始め、ふわりと舞い終わり
自分に捧げられていた舞を自分のために舞い
もうこれで舞うのは終わりだと、扇子をぱきりと折った

「***。」
「っ、せんぱ」

折れた破片は肌を傷つけることなく粉々になって落ちていく。それは***の心を表すようで、思わず腕に閉じ込め泣いていいんだと訴えてしまうほど
それにほろほろと泣き出した***は、初めての友達だったのだと、静かに泣く

「ずっと、友達・・・って、約束、した・・・んです。」

どうしたらいいんですか?
何かしちゃったんでしょうか?
嫌われたってことでしょうか?
ずっとは嘘だったんでしょうか?
どうすればいいんですか?
無視されて見てもらえなくて苦しい

わんわん泣く***は、溜め込んでいたものを全て吐き出して、そしてタスケテと縋って更に泣いた
そんな小さな身体をぎゅうと抱き締め、もういい。と言い聞かせるように耳元で囁いてやる

「***は人間より優しく忍耐強い。」

もう一人の先輩が二人を見つけ、茶化そうとしてやめた
深刻そうな空気を読み、委員長に渡す筈だった薬を少しに、持ち歩いている火種でくすぶらせる
ゆらゆらと漂う甘い匂いに気付いただろうが、それでも委員長は***に言葉を紡いだ
とろりと甘く痺れさせるような術中の独特な声に、***の目は虚ろになっていく

「・・・寝て覚めたら悲しくない。奥底にしまい込み、何も感じなくていい。」

せんぱい。と口が形作り、眠りなさい。という言葉にとろんと瞼が重く下がった
静かな寝息を立て始めた***を抱いたまま、息を止めて耳を塞いでいる自分にとっての後輩に目をやる
そして袖から扇子をだして一度扇ぐと、もう大丈夫ですよとわかるように口を動かした

「最初、委員長が兄さんみたく幼児趣味にはし」
「夢の中でさまよいたいのですか?ならばそう」
「こっわ!幻術使いこわ!」

はい注文されてた薬。と包みを渡され、***に使うことになるなんてと泣き腫らした目元に触れる
それに眉を寄せ、何があったのかと聞いてくる後輩に表情の変化の乏しい中で目に嫌悪を浮かばせて不破雷蔵。と名前だけ吐き捨てた

「またか。あいつ・・・***を気にしてるくせになんでだ。」
「自己保身でしょう。遠巻きにされている***と仲良くすれば自分も同じになる。それが、臆病で人の顔色を伺い、***に向ける想いを自分に依存して執着する鉢屋三郎へ代わりに向ける、生きてる価値のないあの餓鬼の姿ですから。」
「辛辣・・・」

真顔で淡々と述べる姿にお怒りだなと呟いて、鉢屋三郎も可哀相だなとくっくと笑う
鉢屋に常に顔を借りてついて回られている穏やかで迷い癖のある不破
その二人は本当に外見だけは似ていて、それが四六時中なのだから、執着の度合いが伺える

「不破雷蔵の意識が常に***に向いてると知ったら、こっちに何かしてくる性質(タチ)だろーな。」
「私が在学中は阻止しますが、卒業すれば貴方だけが***の味方ですから、お願いしますよ。」
「兄さんにも託され委員長にも託され。俺の後がいないのが心配。」

どうか、この純粋で傷つきやすい子が壊れませんように。そう込めて額に口づければ、やっぱり!と騒ぐ後輩を黙らせるのに少し労力がいった