天命全うは、無茶振 

「金彈たちの墓か。」
「・・・はい。弔うには、些か粗末ですが。菩薩様は何用で、わたくしめの元へ?」

艶やかな黒髪を流して振り向いた大悲観音に、観世音菩薩はその顔を愉快そうに歪めて笑う
そして、お前も菩薩だろうと隣へ座った

「わたくしはあなた様から生まれ落ちた身。あなた様はわたくしの母で御座います。わたくしにとって、菩薩様はあなた様只お一人。」
「のわりには、随分とまぁ俺以上に職務に励んでるようだな。」

いいえ。と零して真っ直ぐを見ながら涙を流す大悲観音は、また救えなかったと目をつむる
それを形容しがたい表情で見つめた観世音菩薩は、気に病むな。と震える手に自身のそれを重ねた

「助けてと、声が聞こえるのです。けれど、わたくしにあるのは半永久的な命と変わらぬ容れ物。そして、傷を癒すという能力(ちから)だけ。」
「いいだろ、それで。」
「あなた様のように人間を導ける力も、存在でもありません。わたくしは・・・ない方が良いのです。」

人間を救ってあげたい。出なければ存在意義がない
そう言ってハラハラと泣く姿に溜め息をこぼし、観世音菩薩はお前ってさと大悲観音を立たせる

「お前、慈愛と救済の象徴だよな?憎しみとか嫌いだよな?」
「・・・は、はい、」

いきなりの問いにきょとりとなる大悲観音に釈迦如来に許可は取ってるからと笑った観世音菩薩は、大悲観音の腕を引っ張り復旧したばかりの下界へ降りるエレベーターの前へ連れ出し
ゲートへ無理矢理押し込むと、大悲観音って名乗んなよとだけ言われ、扉が閉まってしまう
えっ!?と驚きの声を上げるも順調に降る再中にがくんとエレベーターが止まり、扉が開くべき場所ではなく空中で開いてしまった

「寒いっ、な、何をお考えですか菩薩様!」

エレベーター内には一人きり。外は多分快晴で、恐る恐る下をのぞき込む
そこで、ざわりと心が騒ぎ迷わずエレベーターから飛び出した
目下に広がる薄暗い建屋。そこからは焦燥と戸惑いと悲しみとが腐るほどに広がっていて、大悲観音の名において見過ごせないと、意識は定まる

ぐぐっと速度が落ち、誰かに受け止められた大悲観音は、数秒その人間と見合い、慌てて腕から降りた

「お怪我はありませんか!?」
「な、い・・・」
「ああっ・・・!よかった!それと、受け止めて下さりありがとうございます。お陰様で傷一つなく下界へ降りることが叶いました。」
「お、おう、」
「あなた様のお名前は?」
「え、あ、いや、人に聞くならまずはそっちからだろ?」
「わたくしは大悲、あ、えっと、・・・***と、申します。」
「俺は食満留三郎だ。あんた、天女様だろ?学園長の元に案内する。」
「いえっ、わたくしは天女ではありません、」
「まあ何でもいい。案内するから。」

美しいと一言で片づけるには足りない大悲観音を前に動揺したせいか、いつも通りの対応で違和感の全てを流してしまった留三郎だが
ここに彼の同輩である寡黙な彼か冷静な彼がいたなら、大悲観音の言葉を正しく拾えただろうか

留三郎に連れられ移動しながら、***という名で居ることを決めた大悲観音は
徐々に近くなる混沌とした領域に悲しげに瞼をおろした