随分慣れたねと足下をみられ、私はつられて草鞋の結び目や縄のあたる固くなった皮膚にそうですねと頷く
川を渡るときに繋いだままの手を少し強めに握れば、利吉さんはにこっと笑って強めに握り返してくれた

「私の着物が似合ってよかったわ。新しいものは利吉さんに買わせましょうね。」
「私、これで十分です。」
「もっと甘えていただかないと、息子も貢ぎ難いですわ。」
「みつぎ、いえ、いらな」
「少しは甘えてくれないと、寂しいとは思いますね。」

ね?と微笑む奥様と利吉さんに挟まれ納得いかないまでも頷いた私は、山をくぐって乗り越えた先に見えてきた屋敷に自然と足を遅めてしまう
こわい、と口にしてすぐに手で押さえたけれど言葉は回収できず、利吉さんと奥様は立ち止まり私を振り返った

「っ、」
「**さんはただ、私の隣で堂々としてください。」
「ええ。あの人とは私が話をつけますからね。」

あっさりと動かなくなっていた私の足を自由にしてくれたお二方への安心を笑みにして頷き、もう大丈夫ですと足を前へ出した
大きな門をノックした奥様は、出てきた小松田さんに言われるままに三人分のサインをすると中へと入る
すれ違った小松田さんは**ちゃん、と驚いたような泣きそうな顔をして、私はそれにぺこりと頭を下げた

「**ちゃん!良かった、無事だったんだ・・・!」
「はい。小松田さんはお元気でしたか?」
「うん、まあ元気かな。**ちゃんは?」
「元気です。」

手が痛みを若干感じる程度に握られて、ぱっと利吉さんを見上げれば、奥様がくすくす笑いながらまだこどもねと利吉さんの肩を軽くたたく
なんのことだろうと首を傾げて小松田さんに失礼しますと頭を下げ、緩まった手を握り返した

「・・・すまない。」
「いえ、私が何かしてしまっ」
「**。」
「はい。」
「・・・。」
「・・・?」

揃って微笑ましいわねと笑いっぱなしの奥様に母上!と小声で抗議をする利吉さんの顔はうっすら赤く、本当になにがあったのだろうと遠くなった門を振り返り掛けて、息をつめる
バチっと、目があった。私を吐くまで蹴り倒した人と

「り、きちさっ、」
「大丈夫。何も起きないから。」
「っ、奥様っ、」
「本当、私の可愛い娘を怯えさせるだなんて、あの人の教育はどうなっているのかしら。」

娘・・・?と呆けた私に軽く振り向いた奥様は、息子のお嫁さんなら娘ですと微笑む。それに目頭が熱くなって、利吉さんを見上げて嬉しい。と頬が緩んだ
パチッと瞬きをした利吉さんは、勢いよく顔をそらして口を手でおさえる

「屋外ですからね。」
「わ、わかってます。」
「今日は町に宿をとってますし、お二人は同室ですから。」
「よ、っけいなことを、」
「では私が**さんと同じ部屋に」
「いえっ、そのままで。」

くすくすくす。口元をおさえて笑う奥様は利吉さんをからかっているようで、利吉さんは母上には敵いませんとうなだれた
そうこうしているうちに、奥様は職員長屋の一室をノックして中から出てきた土井先生に主人はいますかと首を傾げる
すぐに頷こうとした土井先生は、私を見て目を見開くと問うように利吉さんをみた

「***さん、」
「いえ、その・・・山田**に、なります。」

利吉さんが何か言おうとしたのを遮る形で口走ってしまって、慌ててまだ早かったですよねと利吉さんに謝ろうとして何の話だと言う低い声に足がふらつく

「父上、」
「利吉が妻を選んだので報告しに参りましたわ。」
「妻・・・?いや、なぜ***さんが」
「人の内面をみることのできない方々により命を落とすところを利吉が助け、心通わせました。私は既に婚姻を認め娘と思い接しています。異論は認めません。」

間髪いれずに告げられるセリフに対してわ、わかった、としかいえない山田先生に、奥様はにこり。お話がありますと、利吉さんに逢い引きでもしてらしてと言って部屋からでるように言われた
利吉さんは何かほしい物はありますかと私に問い掛けて、私はいいのかなと部屋をみて利吉さんをみてを繰り返す
それをみて母上にお任せすれば大丈夫だよと私の手をひいて、利吉さんは町へ行こうと笑った
つられて笑った私は、殺気でも憎悪でもない不思議な視線が刺さるのを身震い一つで無視して、正門を出てからお世話になりましたと深く頭を下げた