結婚しよう。ということを言われたの?
理解した瞬間に、私はやっぱりここは夢なのだと思い知らされた。だって、私なんかが好かれるはずがない
手の甲を抓っても冷えすぎてあまり痛くないから、部屋に駆け込んで達ばさみをつかむ
きっとどこかを切るか刺すかすれば、痛みで目が覚めるはず。じゃないと、私、おかしくなったってことだから
現実は私に辛く厳しいって知ってるから、こんな、温かい気持ちになれることが私におきるはずない

「泣くなんてっ・・・!私じゃないっ、」

戸を叩く音が止んで、開く音がする。私は涙を何度も拭いながら度胸がない自分を叫んで罵倒したくなった

「**さん!」

何をしてるんだと手ごとハサミがつかまれて、抵抗で折れるかもっていう強い力で指をこじ開けられハサミがとられる
早く起きないと、夢を終わらせないと、お願い早く目を覚ましてよ私!

「**さんやめるんだ!」
「いやっ、いや!こんなのないよっ、」

まちばりをつかんでブツブツと手が痛くなる。痛みを感じたのに夢は覚めなくて、私は利吉さんに抱きしめられて発狂したように叫んだ

「貴方のような素敵な方が私を好きになるはずないの!私みたいな親からも誰からも捨てれた女にっ、こんな幸せなんてくるはずない!!夢を見てるのきっと!だから早く起きないとっ、起きないとどんどん辛くなるだけっ、」
「これは夢じゃない。**さんの身に実際におこっている事だ。」
「嘘よっ、嘘、だってこんなに嬉しいのに幸せなのに、私は過去に行くなんていう夢から覚めてない!」

タイムスリップなんてできるわけがないからこれは夢なの、お願いそう言って、だってそうじゃなきゃ、

「私はあっちでは幸せになれないってこと・・・?だから、タイムスリップなんて、おきたの?」
「**さんは幸せになるためにここにいる。私が、私の人生をかけて貴方を幸せにする。」
「幸せに、なる、ため・・・」
「私の妻になってください。」

本当はずっと前に解ってた。これは全部現実なんだって
だって忍術学園にいたとき沢山痛い思いをしたけど、夢から覚めなかったから
でもそれを認めたら、私はあれだけ自由を目指して生きてきた世界にさえ捨てられたっていう事実を受け入れなくちゃいけない。それがずっとできなかった
それを全部否定して、利吉さんは私が捨てられたんじゃなく幸せになるためにこっちへ来たのだと言う
逃げることしか考えてこなかった私と結婚したいと、利吉さんは言うの?

「・・・私、でも、私、生娘じゃ、ない、」

あっちならいざ知らず、こっちは生娘なのが当たり前みたいな常識があったかと思う。だけど私はそうじゃない
気持ちいいなんて思ったことないけど、受け入れてはきた
私は本当に、人様に誇れることなんて何一つとしてない。心でさえも、私は保身のために切り売りしてきたのだから

「そんなことを言ったら、私だって生息子ではないさ。」
「生息子・・・初めて聞きました、」
「生娘と意味は同じさ。まあ、気にしないよ、**さんが生娘だろうがなかろうが。」

強く抱き締められて、私は子どもみたいにわんわん泣く。こんな優しい人が私なんかを好きだなんて間違いじゃないか、そんなことも言えないくらい嬉しいやら幸せやらで胸がいっぱいで、死ぬなら今ここで死にたいくらい

「返事は決まった?」
「は、いっ、よろしく、お、ねがい、しま、すっ、」
「よかった。」


ずっと自由になりたかった。私を置いていった両親を忘れて、私に酷いことをする人達を忘れて、私は自由になるためだけに生きていた
いきなりこっちに来たときもやっぱり私は部外者(除け者)で、罵声に暴力と怪我が絶えなかった。毎日生きるのに精一杯で抗えもしなければ周りは当然助けてくれるわけもない、こっちでの自由なんて皆目見当もつかなくて死にたいとすら感じていた

当たり前だと考えないようにしていた日常は、半永久的に続くのかと。諦めにも似た感情で一杯になっていた

このままじゃ死んでしまうと思ったことは多々あれど、この人に殺されるのかと感じたのはあの日が初めてだった
利吉さんに向けられた殺意に足が動かなくて指先なんて震えてない自信さえある。せめて、こんな人生の終わりは痛くありませんようにと、叶ったことのない願いを持ちながらいつも通りを目指して笑った私は、結果生きてあの時死神かとさえ思った利吉さんに想われることになるなんて想像もしていなかった


「そうと決まれば、母上に報告しなくては。」
「・・・あ、」

そうだ、忘れてた。私、奥様の大切な一人息子を誑かした立場なんだ