ちくちくと半纏を縫いながら時折ぼーっとすること数日、漸く完成間近となった半纏にため息をつく
布を買ってくれるというのを断り着古された着物をかわりにもらってほぼ初めてのパッチワークからはじめたせいか、縫い始めは暖かだった陽気はすっかり隙間風寒い冬へと移行していた

「できた。」

目が疲れたと多めに瞬きをしつつ安心したように息を吐き出すと、試しにと袖を通す
ふんわりと温かく、綿を詰めただけでこんなに温かいなんて思える程度には、手足は冷え切っていた

「あったかい・・・」

子どもの頃の私にあげたい。と目を瞑れば、コンコンと戸がノックされ入りますよと奥様が入られる
急いで半纏を脱いでよけて、お昼の準備の時間かと立ち上がった

「所用で何日か留守にしますので、留守番をお願いできますか?」
「はい、わかりました。あの、お昼は勝手にいただいてもいいですか?」
「構いませんよ。あるものはなんでも使ってしまってね。それと、あの子は熱を出して寝てますから、時々様子を見てあげてね。」
「は、い・・・お食事はお持ちして大丈夫でしょうか。」

二人きりかと緊張しながら頷けば、奥様はお願いねと申し訳なさそうに笑う
それに恐縮しながらも笑みを返して、私は奥様を見送った

「熱・・・?」

怪我を負って帰る途中にでも感昌にかかったのか、てっきり仕事に出られたと思っていた私は
奥様は大切な息子様とどこの馬の骨ともしれない女を一つ屋根の下におくことへ抵抗はないのだろうかと首を傾げる
もっとも私ごときに手をだすようには見えませんし、私は利吉さんに手をだすような恩知らずでもない。だから、そういうことなのだろうかと、納得をしてまた半纏を置いたまま戸を開いた

「胃に優しいものを作ろう。」

雪に埋めたほうれん草を採るべく草履を手にしてやっぱり履くのはよそうと裸足で地面に立つ。草履は足が濡れやすいので、なくても変わらないとおもってのこと
けど、さくっと雪を踏めばひゃっと変な声がでる程度には寒く、慌てて口をおさえて起こしてないわよねと勝手口から利吉さんの部屋を覗いた

「よかった、」

十分な水分と食事と睡眠。薬なんてなくても大概これで治るものだからと、ちょっとだめになりかけてる大根も掘り返して腕に抱える
はらはらと雪の舞う空はどんよりと気味悪く、昼のはずなのに灯りがなければ不安になる暗さだ

「ほうれん草、キャベツ、大根・・・」
「そんな薄着で出たら、風邪をひきますよ。」
「!お、はようございます、」

ぼとぼとと野菜を落としながら勢いよく振り返った私に雪を踏み鳴らしながら近づかれた利吉さんは、野菜をひょいひょいと拾い上げ戻りましょうと私の手をつかむ
ぎゅっと包まれるようにつかまれた手は最初じーんっと冷たくて痛かったのに、利吉さんのあたたかい手の熱で顔だけが一気に暑くなってしまった

「あの、熱を出されているとお聞きしたのですが。」
「傷のせいで少しね。もう起きれるようにもなったし、母上が戻られたら仕事を再開するよ。」
「感昌になられたのだとばかり、」
「たいした違いはないさ。」

息も白い山奥で、静かにゆっくりと季節を感じる。鳥が虫を狩りリスが木の実を集め、一時冬眠前の蓄えのためにうろうろしていた熊を遠巻きに奥様と見かけたこともあった
全部が新鮮で、習う全部が今ではすっかり身についている。確かに慣れてはいないけれど、問題なくできるのだから

「食事をつくりますね。胃の調子はいかがですか?」
「**さんが作ったものならなんでも。」
「答えになってません、」
「そうかな?」

胃の調子は悪くないから、なんでもいいよ。ということなのか、確かに食べたいものとか聞こうとはしてたけど
先手を打たれてもやっとしたまま、なら適当に作りますねと頷いた

「近頃無理に笑うことが少なくなったね。」
「そ、うでしょうか?あまり、自覚はありませんが。」
「少しは私や母上を受け入れているという証拠かな。」

どうだろう、本当にわからない。ただ、笑わなくても酷いことをされないから毎日楽しい
最初はどんな仕打ちが待ってるのかって不安で仕方なかったのに、いつ家を出されてもいいようにここの常識を覚えるのに必死になっていたのに

「・・・楽しくは、あります。」

断熱材の入ってない木造住宅は寒い。でも外から戻ればどこか温くて落ち着く匂いがする
釜戸にとろ火で湯がくつくつとしていて、乾燥する家屋に少しだけ湿度をまいていた
野菜を置いた利吉さんはちょっと失礼と自室に戻られて、私は大根からしおしおになった葉っぱをきりはなす
卵一つと昨夜の残りの豆腐を少し、葉っぱは刻んで鰹節を数枚いただいた

「油も少し。」

沸いている湯に大きい器を浸してご飯をいれると、ふたをする。余ってしまったご飯を蒸してる間に漬け物を切っておいた
手際よくやらないとと浅めの鍋を熱して油をひけば、もうはじめてしまったかと後ろから声が投げかけられる
すみませんすぐできますからと溶き卵と細かくした鰹節と同じように細かくした昆布をいれて、葉っぱと豆腐投入
隣で覗き込む利吉さんは見たことない料理だねと呟かれた

「料理名は知りませんが、余り物でごめんねって炊事のおばさんがずっと前に作ってくれたんです。」

何日も食べてなくて死にそうだったから、この世で一番のご馳走にみえました。嬉しかったなと笑う私は、鍋から器へと料理を移すと同時に頭を優しくゆっくりと撫でられる
へ、と間抜けな顔をして利吉さんを見上げて、向けられている顔に固まった

「り、きちさ、」
「ああすまない、子ども扱いをしているわけではないんだ。」

頭を撫でていた手がするっと髪を滑って指が毛先を絡める。ふわっと靡いた髪に綺麗だと囁くように呟かれて地面に鍋やら木べらやら落としてしまった
辛うじて器は巻き込まなかったけど、食欲なんて遙か彼方に飛んでいってしまって、顔が暑いまま利吉さんを見続けることしかできない

「後はやるから、足を拭いて上がってるといい。」

濡れた手拭いを渡されて、厚手の生地の羽織りが肩にかけられる
疑問符を浮かべたまま微動だにしない私をひょいと抱き上げて、利吉さんは私を囲炉裏の間におろすと手拭いで丁寧に足を拭きだした
慌ててやめてくださいと伸ばした手がつかまれて、こんなに冷えて、女人に冷えは大敵ですよと少し強めに言われてしまう
裸足で上着も着ずに外に行ったことを怒られて、自分を大事にしてくださいと苦笑された

「・・・はい。」
「うん。じゃあ食べ終わったら囲炉裏でよくあったまること。」
「でも、後片付けが」
「後はやるからといっただろ?」

それ着て待ってなさいといわれて、私は黙って囲炉裏の前に移動すると、利吉さんのにおいがすると目をつむって埋まるように羽織りをつかんだ