人とは違う君


ちゅるんと吸った麺から少しのタレが跳ねる

「・・・お邪魔しました。」

見つめ合ったまま咀嚼して飲み込んで、頭を下げられどうもと言う代わりに会釈した
ガンっ、ドン、ガチャガチャ。バンバン。あれ?あ?なんで?色んな音に混じる戸惑いに、トマトを食べながら突然部屋の中に現れた男へ近づく
警戒心が薄い。それが自分の欠点だと理解はしているが、それを直すには遺伝子の組み立てからやり直す必要がある

「どうぞ。」
「あ、どうも。ありがとうございます。」
「いいえ。」

トマトを飲み込み、鍵をあけてチェーンロックを外し、男を外へ出してあげる。もう一度頭を下げられ下げ返し、再びチェーンロックと鍵をかけて部屋へと戻った

「ラー油がほしい。」

キッチンからラー油を手に、席へと着く。束ねられているカーテンが少しだけ揺れて、涼しい風が部屋へ入りキッチンを通って開け放たれている浴室の、網戸の窓から吹き抜ける
静かで穏やかな休日。冷やし中華を食べ終わる頃には、男のことなどすっかり忘れてまた静寂に心を休める自分らしい日へと戻っていった

「・・・もうこんな時間。」

ムームーと震えたスマホに眼鏡を外した後、伸びをしてパソコンを閉じる。あっという間に過ぎた土曜日に、明日は買い物をと消耗品の確認をして夕飯の準備をはじめた
鶏肉の皮を剥いで筋をとり、一口大に切り分けていく。酒と醤油と生姜をいれたボールへ肉を浸けたところへ、ゴンゴンと鈍い音が鳴る
気づかず衣をつけていたが、再度強く鳴ったそれには流石に気づいた

「・・・え?」

強にしていた換気扇や強火のコンロを止めたはいいが、来客の予定はなく荷物の予定もない。はてなと、玄関へ近づき鍵をあける
どちら様?聞く前に、昼間の男だとわかって一度閉めてからチェーンロックを外した

「忘れ物ですか?」
「・・・あ、のさ、」
「はい。」
「・・・・・・えっと、なんで、簡単に開けるんだ?」
「え?ご用があるのでは?」
「いや、まあ・・・、っ、あのさ、あの、おれ、今夜寝るとこがなくて、泊めて、もらえないかなって。その!ほら、洗濯物干してる外でいいんだ!」
「ベランダで?」
「え?あ、ああ。ベランダ?で。」

ダメかなと、男は伺うように見下ろしてくる。ハーフパンツにデカイバックルつきベルト、着ても着てなくてもかわらないような袖を通しただけのシャツを身につけた圧倒的不審者。そんな男にも、普通は鳴るらしい警報は発令されず部屋に通した

「どうぞ。」
「えっ、」
「え?」
「い、いいのか?」
「はい。困っているんでしょ?」
「・・・ありがとう。お邪魔します。」




人とは違う君




「唐揚げ食べます?」
「いや、いらな、」

ぐぅ。鳴ったお腹に固まった男は目の前に盛られた唐揚げに手を伸ばし、いただきますと一つ揚げたてを食べる
じゅわっと染みでた肉汁に、柔らかなモモ肉。二度揚げされた衣の凶器具合との差に、キラキラ輝く白い白米が進んだ
サラダと味噌汁とお浸しと、結露のついた氷いりの麦茶。男は緊張の糸を微かに緩めて唐揚げを飲み下した

「助かった、本当に。」

礼を述べ、次へと手を伸ばす。男はそのまま黙々と食事を続ける
明日の昼にと多目に作った全てが、欠片も残されず消えたのには流石に驚いた。けれど、足りているようには見えない

「足りませんか?」
「えっ、」
「プリンがありますよ。」
「プリン・・・、」
「チョコケーキも。」
「あ、えっと、」
「イチゴと・・・あとグレープフルーツも。」
「なら、あの、ぜ、ぜんぶ、ください。あっ!ちが、」

くすりと笑ったせいか、男の顔は真っ赤だ。結局プリンもチョコケーキもイチゴもグレープフルーツもすっかり胃におさめた男は、すすめたままに風呂に入りその間に買ってきた下着と部屋着を着て、ベッドへ腰かける
自分も風呂をと服を脱ぎながら部屋を出て、ゆったりと浸かっていつも通りドライヤーだけしてバスタオルを手に部屋へ戻った

「あの、さ!」

風呂上がりに裸体でちょろちょろするのはいつも通りのはずが、男は腕をつかんで目の前に立つのでこれもまずいのかと驚く
だが男は流された自分に疑問だったらしく、今さらながらこんなに色々と焦っているようだ

洗いたてのシーツと陽の光をたっぷり浴びた布団。ぴかぴかに磨いた浴室。それを簡単に得体の知れない男に明け渡せる神経と、隠れるでも隠すでもなく目の前で服を脱ぎ風呂上がりにタオル一枚で姿を見せる警戒心のなさ。お人好しにつけこまれて騙されたこともあれば傷つけられたこともある。それでも直らないこれに、今回も見事該当しそうだ
客観視はできるくせに、どうにも所詮他人事といった域を抜けない

「お願い、してもいいか・・・?」
「お願いですか。」
「あんたの人柄を見込んで・・・、おれ、家への帰りかたがわかんねェんだ。その、帰れるまでこの家においてくれ。」
「いいですよ。」
「そうだよな、流石に、え?いいのか?」
「はい。」
「ほ、んと、に?」

信じられないというような顔をする男を不思議そうに見る。それがまるで自分の方がおかしいと言われているかのように感じたのだろう、男は視線をさ迷わせた挙げ句これは夢かと疑う始末

「も、もちろんベッドは返すしできることはなんだってする!迷惑は極力かけないから。」
「ですから、構いませんよ。」

おろおろとして少し、男はほっと息を吐いて頭を下げる

「ありがとう!おれエース!」
「私は***です。」
「***。***、な。***、よろしくお願いします。」
「はい。よろしく。」

同じ歳かそこらにみえるエースという男に、したのは食事量の心配だけだった



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