何が欠けても君が好き


何回何十回。付き合って五年、はじめてスモーカーは自分から電話をかけ続けた。手紙も出したし、痺れを切らして有給で連休を作り船の手配までしたのだ
結局は海軍本部へ行く予定ができたために有給申請は取り消し、最速で海軍本部へと出航することになったわけだが

「あららら、珍しいじゃないの。」

用事を全て済ませてから訪れた海軍本部大将の執務室。だらけきった正義を掲げるクザンを補佐するのはスモーカーの同期であり恋人である***だが、***目当てで執務室を訪れたスモーカーには目を凝らしてもその姿を捉えることができない
アイマスクを上げたクザンは体を起こし、スモーカーの視線の先を追う。それはデスクの端で止まり、スモーカーの眉間にシワが寄った。あらら、なんて気のない声でクザンのため息が吐き出される
スモーカーもクザンも決して自分では買うはずのない通常でも一粒数百ベリーするキャラメルが、クザンサイズで可愛らしい器にはいっていた。デスクの上にあるそれは執務室の中で異質だが、クザンは気にしていないのだろう
キャラメルは***の目玉によく似ていて、きらきらときれいだ

「食べたいの?なら取っていきなさいや。」
「・・・***、は、どこに?」
「取り繕うだけでいいから敬語使いなさいよ・・・はァ、***は、さっき帰ったよ。あんまし省みねェと離れてかれっかんな。」

よいしょ。面倒そうに背もたれから体を離し引き出しをあけたクザンはクリップと共にしまわれていた指輪を取り出してデスクに置く
鈍く光るそれは、手入れがされていない証拠。指輪をつかんだスモーカーはそれを強く握り、執務室からとび出していった

***と一緒に選んで互いに贈った指輪。左手の薬指にあわせていたそれは、半分ほど欠けてリングにというには足りない

「少しだけ・・・会えない、かな。」

電伝虫越しに聞こえた声に、港で海賊が暴れていると連絡があり急行しなければならず曖昧なまま電話をきった。それからだ、一切連絡がつかなくなってしまったのは
これが答えなのかもしれないと、手の中にある指輪を眺め足を止めたスモーカーは、指輪を返すべく踵を返しまたクザンの執務室へと足を踏み入れた

「掻き毟んのはある程度いーけどさ、畳には垂らすなよ・・・おれのスーツなら、いくら汚したっていいから。」
「ははっ、甘いですね、クザン大将。」

スモーカーに気づいたクザンはスモーカーからは死角になっている仮眠室のほうから目だけを向け、苦笑しながら視線を戻す。スモーカーは仮眠室のドアを後ろ手に閉めたまま驚く恋人の姿に、指輪を強く握って変形させてしまった

***の、左腕があるべき場所の肩口が変色している。スモーカーはぎゅっと眉を寄せ、なんでここにと自分に近づいてくる***を睨み付けた
子どもなら間違いなく泣いている剣幕のスモーカーは休憩をいただいている間になにがとクザンへ問う姿に苛立ちを隠さず、自分の方へ体ごと向けさせる。痛みが走ったのか、***は左肩をおさえて呻きに似た響きで息をのんだ

「早く仲直りして、ノロケ聞かせなさいよ。そんときの顔が、一番好きだからさ。」

使っていいよと、クザンはコートと自転車の鍵を手に出ていってしまう。***は躊躇いながらも、閉まった扉に諦めたようにスモーカーへ頭を下げた

「腕、なくしちゃったんだ。」
「そうみてェだな。」
「弱気になってあんな電話・・・恥ずかしいから、忘れてほしい」
「悪かった。」

被せるように発せられた声に、***はなんで君がと顔を上げる。その顔は泣きそうで、けれど本気で意味がわからない風だった
スモーカーはただじっと***を見つめて、努めて震えそうな声に芯を通す

「***の強さは知ってる。青雉の強さもだ。だから、たいしたことねェと・・・勝手に判断した。初めて頼られたのに、青雉から腕がなくなったと教えてもらってはじめて、事の重大さに気づいた。」
「クザン大将が・・・?」
「それでも愛してるならそばにいてやれと言われた。」
「っ、クザン大将に、は、黙っていてと、」

みっともないから。尻すぼみになる言葉に、スモーカーは眉尻をあげて***の腕をつかんだ。間近になった顔は生気がなく、鈍いスモーカーにだって弱りきっているのはわかる
だが、離すわけにはいかない。折角使用許可を得られたのだからと、***をソファーへと投げて自分もソファーへ乗る。クザンサイズのソファーでも流石に二人は狭いが、そんなことに構ってはいられない
顔面から突っ込んだ***は受け身をとり損ねたペラペラの袖を見て、血が滲むほどに唇を噛み締める。すぐに仰向けにさせられたが、明るさなんて欠片もないような顔を取り繕う余裕はないようだ

「今日はおれがやる。」
「なに、を、」
「てめェはただ黙って、寝っころがってりゃいい。」
「なん、スモーカー、待ってほしいまだ、傷が、」
「ふざけんな。何ヵ月お預けくらったと思ってやがる。」

全部おれがやる。コートを脱ぎ捨て黒いぴったりとしたアンダーシャツになったスモーカーは前に会った時より細くなった体に馬乗りになり、ベルトを外しながらぽかんと自分を見上げる***に舌打ちを漏らす
びくりと強張った***は、それでも首を振りダメだよと声をあげた

「こんな腕じゃ抱き締められない。」
「おれが抱きしめりゃ問題ねェだろ。」
「支えられないし、慣らすのだって・・・利き腕ないと、まだるいだろうし。」

でもだってと嘆く姿を見ていると、何をつまんねェことをとはったおしたくなる。いつもの、明るさを絵に描いたような姿はどこにいったのかと胸ぐらをつかんでやりたくなる
それをぐっと堪えたスモーカーは赤い染みのある左肩をつかみ、悲鳴を押し殺す***を目付きの悪いままの両目で見つめた

「・・・嫌われるって、思って、」
「おれに飽きたわけじゃないんだな?」
「う、ん・・・スモーカー、は?」
「情や惰性で、誰が男とヤろうとするんだ。うじうじしてんなら、そのまま見てろ。おれは勝手に使わせてもらう。」

自分の身に付けているベルトが緩められるのを見ながら、***はキスしようと右腕と左肩をのばしながら笑う。ようやく見れたいつもの***に、スモーカーはほっと心の中で安堵し噛みつくように傷のついている唇に噛みついた




何が欠けても君が好き




「あ・・・」
「なんだ。」

スモーカー、キスヘタクソ。そう笑っていた次の瞬間に真顔になった***は訝しげに問うスモーカーにへらりと笑う
***は自分のデスクを振り返り、同じように見てくれたスモーカーに謝罪を口にした

「指輪、壊しちゃったんだ。」
「ああ。」
「新しいの買おうよ。今してるのは外して新しいお揃いをつけよう。パンフレット、デスクにあるんだ。」
「もったいねェだろ。」
「でも、お揃いがいい。せめて・・・誕生日プレゼント、今年は用意できなかったから。」

スモーカーの左の薬指にある指輪は普段から着けているのか傷だらけだが、手入れが行き届いていて輝いている。大切にしているのだ。だがまあ、***がそういうのならいまつけている指輪を右の薬指にかえて左に新しいのをつけるのだって構わない

「お誕生日おめでとう、スモーカー。」
「・・・来年は、葉巻ケースをくれねェか?」
「明日にでもプレゼントするよ?」
「・・・・・・。」
「・・・?あ、あー!ああ!はい!うん、来年は葉巻ケースね。再来年は高級葉巻にでもする?」

スモーカー大好き。そうやって笑う***が、スモーカーは一番好きだ。それは、流石に恥ずかしくて口にできそうにないが
誘って自分で自分を昂らせるほうがよっぽど恥ずかしいだろうに、そこは平気なのだからスモーカーは少し一般からずれている

「なんか元気でてきたから、ぎこちないかもしれないけど頑張る。」
「いや、今日はおれがやる。***はただ勃たせてりゃあいい。」
「スモーカーの好きなとこぐりぐりしたい。」
「・・・好きにしろ。体に障っても知らねェからな。」

扉に鍵はかかっている。部屋の主は数日戻らないだろう。ならば、二人に遠慮はない。たとえ後で事後処理に頭を抱えることになろうとも、久々に味わう恋人との時間に冷静なれというのが無理な話だった



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