異物を知る


「・・・チェンジ!」

入室早々の言い種に、モモンガは不愉快になる隙もなく面喰らう。どう見たって明らかに自分より年下の男は元帥であるセンゴクに対して臆する訳もなく、むしろ気さくだ

「不満か。」
「奇抜な髪型は毟りたくなる。」
「・・・。」
「冗談だよ。彼は何も知らないのだろう?ならば彼ではなくガープくんやつるちゃんの方が適任かと判断しただけだ。」

センゴクに対して臆するわけはなく言ってのけた男に、思わずはあ、なんていう呆れ気味の返事が出たらしいモモンガは戸惑いに似た感情が巡るのを感じた

「そう困った顔をするな。決まったことには従うさ。とりあえず紹介をお願いしてもいいかな。」
「こっちは***。階級は大佐だ。***さん、彼はモモンガ。階級は中将だ。」
「・・・センゴク元帥、大佐・・・は一体、」
「んん、いや、自分は***で構わない。」
「階級呼びは好きじゃないそうだ。呼び捨てにしてやってくれ。」

部下の呼び方一つに好きも嫌いもないだろうに、言われてしまえば従うのがセンゴクから直々に渡された部下に対しての哀しき定めだ。そうでなければ返事をしないといわれれば当然に、センゴクの前だから尚のこと
どこぞのホストかのような風貌に、モモンガは思わず頭から爪先までじっくりと見てしまうが、***はそんな不躾な視線にも平然となんですかなんて首を傾げるだけだ

「センゴクくんセンゴクくん、自分はまた海軍に戻っていいわけ?」
「構わん。モモンガ中将、***さんはおれの先輩だが階級は大佐だ。」
「えっ?せ、んぱい?」
「余裕で百歳オーバーだけどまだまだ現役。よろしくな、モモンガ中将?」
「話が、まったく・・・」
「部下が一人増えた。ただそれだけだ。くれぐれも、これから話す内容を含めそれ以外は口外するな。」

紫メッシュいれたいと髪をいじりだした***は、困惑したままのモモンガにホスト顔負けの爽やかかつ計算され尽くした笑みを向けた
モモンガはそんな打算しかないような笑みに一瞬だけ、仕事中だというのに素で惚けてしまったのだ。別に男色の気があるわけでも好みの顔でもない。ただただ、美しいと感じてしまっただけ

モモンガの執務室は整理整頓が行き届いていた。その室内を見回しながら呟かれたキレイだなという言葉に、モモンガの耳が勝手にぴくりと動く。心臓の音がうるさい

「・・・やはり、迷惑だろう。」

困ったような笑み。吐かれたセリフは断言で、問い掛けようという気が一切感じられない。実際、***はかかげられた正義を見上げていて、モモンガを見てはいない

「センゴクも、ボルサリーノ辺りに預ければ事情も知っているし楽なのにな。」
「ボルサリーノ大将も、ご存知なのですか。」
「んん、ダメだろう中将。自分の階級は大佐、そちらは中将。ため口でないと違和感がある。」
「ですが・・・その、はい。」

センゴクから聞いた情報と自分で見て認識している情報。どう照らし合わせても別人なのだ。センゴクの先輩にあたる人物が自分より年下の風貌なわけがないのだから

「ああ、見た目で困惑しているのか。こんな外見なのは、ただ単に眠っていたからだろう。五十年以上はずっと、精神だけが異世界に行っていたからね。」
「益々話が・・・」
「君に必要なのは部下が一人増えたという事実の認識だ。」
「その、お姿はどう見ても40前ですが、」
「まあ原理はどうであれ、都合はいい。どうしたって、異質だろうセンゴクやガープとため口きく二人の先輩ってのはさ。だがこのなりなら、事情を知らなければどうなる?」
「・・・親がなじみか、まあ、そういう事情だと思うが・・・そんな理由で、ですか。」

いまいち言葉のチョイスが難しい。どうみても年下の男がセンゴクより年上で、階級は下だがそれはセンゴク曰く偉大なる航路のあり得ないようで起きてしまった事象に巻き込まれたがためで、本来ならとても優秀な出世街道まっしぐらの有望株だというではないか
こんな、ホストのような成りをしながら。いや、人の好みにけちをつけるわけではないが、いかんせん海兵には欠片だって見えないのだ

「そういえば、その髪色は地毛?」
「・・・ああ。」
「・・・いいな、それ。自分の髪が黒のせいか憧れるよ。ほら、太陽にあてても黒だろう?味気がないというか色気がないというか。地味なのが嫌いでね。」
「別に何色でも支障はないだろう・・・好きにすればいい。 」
「そうか。・・・モモンガ中将と同じ色にしてもいいか?その色、すごくキレイだ。」

緩やかに傾げられた首につられるように少しだけ体全体が傾き、羨ましそうな目が細まる。キレイだ。そうもう一度呟かれた声に、嫌でも自覚した。美しいと感じてしまった理由を

「これからよろしくな、モモンガ」
「黒のままでいい。その方が、綺麗だ。」
「・・・そうか、ありがとう。」

現世にあるとは思えない儚さに、外見の理由を知る。きっとそれは仮面で、人と距離をおくための措置なのだ
その仮面を剥いで、丸裸にして内面を暴きたい。そんな狂気じみた横縞な想いを、モモンガはそっと開けてしまう。欲しいと過った瞬間に、それを閉じ込める術はなくなったのだから

「・・・***。」
「何でしょうか。」
「・・・・・・いや、なんでもない。」




異物を知る




「センゴクっセンゴク、また、また長く寝ていたのかっ?何日だ、何日経った?向こうではたったの数日なのだ。」
「・・・10年、です。」

ひゅう、と音がした。***は顔面蒼白で震えていて、鏡に映る自分の姿に愕然とする。姿が若返っていた、10年分

「なにが、いけない。なにが、」
「先輩、もっとゆっくり息を」
「やめろ触るな!!感染したらどうする可愛い後輩に移したとしたらっ、それこそ命などいらない!」
「先輩!」
「っ、一体、なんなんだ、こんな、こん、」

ふらりとベッドへ戻った***に、センゴクは泣きたくなるのをぐっと堪える。穏やかな寝息の裏で死にたくなるような葛藤を抱え、悩み、起きては絶望する姿など、見たくはない。このままと、穏やかに上下するその胸を押しながら手で鼻と口を押さえる。無意識だった

「・・・先輩、もう、休んでください。」
「何言ってんだい起きたばかりの相手、に、ッ、センゴク!バカなことは止めな!!」
「っ、つるっ、」

花束を持ち見舞いに来たつるにより阻まれ、自分のしたことを自覚し、それでも、死なせてやるべきではと渦巻く悲しみ
どうしたらいいと嘆くセンゴクに、つるは***の乱れた髪を整えながらバカだねと笑った

「居場所を用意しておくのが、いいんじゃないのか?」
「居場所・・・?」
「あんなに楽しそうな***先輩に海軍での席をとっておく。起きたときすんなり職務に戻れるように席をあけておく。それが、ベストだよ。」

ほら涙をお拭き。背を叩かれ、叱咤され、センゴクは謝罪を口にすると、また来ますと***に頭を下げ病室から出ていく
交代に入ってきたガープとゼファーに、つるはやれやれと首を降りながらまた寝たよと優しく***の涙を拭った



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