心に残る


サカズキの心には一人の海賊が居座っている。名を***といったが、それが本名かどうかもわからない。けれどそれでよかった。サカズキはそいつのせいで海賊を今のように嫌悪するようになったのだから


「***さん!また稽古をつけてください!」
「う・・・ん、あのさ、おれは悪い人だと言わなかったかな。」
「強い海賊だろう分かってる。稽古!」

ぐぅと唸るように眉を寄せ口を開くも、文句はでずに溜め息だけが零れる。食べようとしていたパンをまた布巾にくるんで立ち上がった***は仕方なさそうに短刀をサカズキに投げ渡しサカズキの短刀を奪った

「これいつも持ってるな。大事なもんか?」
「そこらの海賊から奪ったやつだ。別に何でもない。」
「ならそれをあげよう。名工ではないが、主人に従う丈夫な短刀だ。」

鈍く鋭く光る短刀を太陽に翳しながら頷くサカズキは一瞬だけ眩しそうに目を眇め、嬉しそうな色をその目に映す

「・・・別に、強さなんていらんでしょう。」
「いる。強さこそ、正義じゃ。」
「優しさこそが正義だと、おれは思うが。」
「海賊なのにおかしなことを。」

苦笑を浮かべた***は使い込まれたサカズキの短刀を手にしたまま数秒考え、そして頭をかいて仕方ないとでもいうようにまた溜め息をついた

「サカズキは、将来なにになりたいんだ?」
「何でもいい。強さと自分の正義さえあるなら何でも。」
「・・・なら、海兵と海賊にはなれないな。どちらも、サカズキの正義とは違う。」

少しだけ安心したように笑った***を見たのはこの日が最後だ。翌朝港に海賊が、島は荒らし尽くされまだ力の足りなかったサカズキは身を守るのにいっぱいいっぱいで、誰も助けられなかった
***が寝泊まりしていた場所は***の身一つだけがない、あとはそのまま何もかもが残されている異様な状態。そこでようやく、サカズキは逃げたのだと悟った。海賊の手引きをして、逃げたのだと

別に何を信じていたわけでもなかった。けれど、どこかでそうほんの少し期待している自分がいたのだ
裏切られたとまではいかないが、どこか、そう、置いていかれた気分になる


「・・・海賊なんぞに、生きる価値はない。」


頬を濡らす雫も滲む視界も全部無駄。サカズキは降り止まぬ雨にしばし時間を忘れ、そして***から渡された短刀を手に決意した。海賊の殲滅を




幼き日の




サカズキの心には一人の男が居座っている。名を***というらしい。本名だと名乗った男はサカズキの今を大なり小なり形成させた要因であり、何か一つ心通わせようならそれは瞬く間に崩れるということだった


「ここからは少し寒くなります。」

付き添っていた看守は先に中へ入ったシリュウを見送り告げると、クザンが嬉しそうに息を吐く。白く揺らめく吐息は中に負けず劣らず冷気だ

「扉越しにもわかるわ・・・おれもう溶けそうだから早く行きたい。」

階段の上を見たクザンに釣られて上をみたボルサリーノは首を傾げながらちらとサカズキを見る

「わっしは暑いも寒いもわっかんねェからなァ〜・・・オォ〜サカズキィ、君はきついんじゃないかァい?」

サカズキは無言で目だけを向けたが、すぐに扉を見つめ直して腕を組んだ

「てか副署長さん上半身裸のままなわけ?」
「署長としての、あっ間違えた副署長としての威厳を示しています!」
「へえ・・・お、開いた。」

遠慮がちに開いた扉は看守によりぐっと大きく開けられ、中へ入った三人は火のついていない葉巻を咥えているシリュウからlevel5の説明を受ける。形だけのもので、大将に最も近いとされる三人は当たり前のように知っている内容だ

「そういや電伝虫がダメなら、異常があったらどうすんの?」
「伝令がいるっつー話だろォ?」
「一人看守を置いてんだ・・・***!隠れんなっつってんだろうが。」
「おれいります?」

ふわっと雪の中から出てきた***は少しばかり嫌そうに被っていた帽子を外し、おざなりに頭を下げて帽子を被りなおす。真っ白に統一されている制服は、雪に溶けて見えなくなりそうだ

「あらら、常時ここじゃ辛いんじゃねェの?」
「仕事ですので。」
「・・・わっしらより年上かァ〜?」
「あなたより十は多分。えっと、すみません事前に来客があることは聞いていましたが詳細を記憶していません。おれはlevel5常駐看守、***です。」
「おれァクザン。」
「わっしはボルサリーノで〜こっちがサカズキだよォ〜。」

ずっと檻の方へ顔を向けていたサカズキはボルサリーノに促されて***を視界にいれ、そして互いが互いの驚いた顔に息を詰める。時間が止まったかのような錯覚を起こさせるほどにじっと見つめ合った

「***、か?」
「やっぱり、あのサカズキ・・・なんだ、」

***の腰にはサカズキが幼い頃頼りにしていたくたびれた短剣がある。腰を抱くようにそれに手をのばしたサカズキはさがろうとする体を捕まえ帽子の鍔を弾くように上げた

「海賊っちゅう話じゃなかったんか。」

見覚えのある顔だ。老けてはいるが、素は変わっていない
対して自分の変わりように、時の流れを嫌でも感じさせられる

「・・・本当は、海賊じゃなかったんだ。違うよって、言えなくてごめん。」

なぜ黙っていたのかうそをついたのかと問いただしたかったが、サカズキはそこでふと、先に海賊と言ったのは自分だったと思い出した
そうだ、悪い人と聞き真っ先に海賊と決めつけたのは自分だった。その事実に、サカズキの口からは***を責める言葉が一つも出てこない

「あの日、どこにいっちょった。」
「海賊船の中に。川に水を飲みにいったところに出くわして、胸にしてたバッジでインペルダウンの看守だとばれて・・・まあ、色々・・・」

カツンと、***は自分の右目を叩く。そして少しだけ手袋を外して苦笑した

「情けない話だ。油断したところを皆殺しにして近くの島から当時副署長だったシリュウ署長に連絡入れて、なんとか助かったんだが・・・それ以降ここから出られなくなってしまってな。」

元気そうで安心したのだと微笑む姿は昔からちっとも変わっていない。変わったのは立場と場所と明確になった***の姿だ
サカズキは***の腕を強くつかみ、貸し出し許可をシリュウに求める。シリュウは首を傾げ***は首を振るも、じっとサカズキに見下ろされてぐっと押し黙るように唇を閉じた

「わしが守る。じゃから、ちィとで構わん。時間を空けてくれ。」
「***がいいなら何十年ぶりの休暇でたんまり地上を満喫してこい。」

決まりだとばかりに引っ張られた***はあっけにとられるクザンからどこか納得したようなボルサリーノを過ぎ、サカズキに視線を戻してまた首を振る
けれど聞き入れられるわけはなく、***の身柄は実に1ヶ月の間サカズキに任されることとなったのだった




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