魅惑の声色


「お願いがあんだけど。」
「・・・?」
「歌うの止めてくんない?」
「やっぱりダメですか。」
「うん。流石に部下達が海で溺れんのはね。」
「海賊も溺れるからいいかなって。」
「サカズキよりタチ悪ィ・・・」

腕を掴まれているクザンは甲板にうずくまりながら***を見上げ、舌舐めずりで見えた細く薄い舌と薄く色づく唇がまた歌うために震えたことに立ち上がる
思わず手で口を塞いだクザンはしっかりしなさいよと部下達を叱咤し、自分にも言い聞かせた。それでどう変わるわけはないが

「ほんと厄介だわ・・・幻獣種、セイレーン。」
「この姿になると音を鳴らしただけで船を沈没させられますよ。」

白目のなくなったまあるい目がクザンを見る。翼に変わった手が鳥の足を撫でた
すぐに獣人型に戻ったが、短時間でも声を聞いたせいかくらりと頭が揺れている

「だから厄介なんじゃねェか。おつるさんとこではなにしてたのよ。」
「一人で討伐に行っていました。」
「・・・それはダメ。」
「では我慢してください。」

がりがりと頭を掻いたクザンは眉をハの字に下げる***の頭をため息混じりに撫で、仕方ねェなと笑った

「今度は二人で出ような。思う存分歌わせてやるから。」
「やった!」




魅惑の声色




つるの部隊から文官の能力をかわれて異動してきた***は布のマスクをした暗い女だ
半年も無言筆談で勤務を続けていた***だったが、興味もあるがまどろっこしい状態に痺れを切らしたクザンが遂に***をじどと見ながら追及したのだった

「風邪?違ェの?なら声帯に傷でも?これも違ェのか。なら失声症か?・・・おいおい首振ってばっかだな。おれが嫌いか?」

勢いよく首を振り続ける***は壁に追い詰められ閉じ込めるように迫るクザンをちらと見て、声は出ると書こうとしてメモ帳が奪われ唇を噛む
床に落とされたメモ帳とペンに伸ばした手を掴まれ、顔を上げさせられた

「声聞かせてよ。大丈夫からかったりしねェから。」
「・・・」
「ほんとだって。な、ちっちゃくていーから。」

ぷるぷると震える***は張り付く喉に手を当て、絞められているかのように苦しそうに目を瞑る
クザンは何度も唾液を下し浅い呼吸を繰り返している***に大丈夫だからと優しく投げかけた。顔を上げた***は意を決したように緩く掴まれる手から力を抜いてするりと垂らす

「・・・・・・・・・クザンたいしょ、」
「・・・うわっ、すげ、美声なんてもんじゃないな。ずっと聞いてたいわ。歌ったりはしないわけ?」
「・・・すこし、」
「聞かせてよ。」

ちらと窓の外をみた***はゆっくりと息を吸い、優しく柔らかく穏やかだが力強く、なぜか儚げな歌声が響いた
胸を穿つように突き抜け頭を揺らすように訴えかけ、体があたたかくなるように染み渡る。クザンは短いフレーズが止んでも数秒反応できず、不安そうな***をじっとみてハッと息を吸い込んだ

「うま、」
「・・・ありがとうございます。」
「いやいや世辞じゃねェからな?」
「私の歌は・・・人を殺すので。」
「おれ死ぬの?」
「・・・海の上で、その・・・・・・能力者で、」
「何の?」
「・・・・・・・・・セイレーン・・・幻獣種、トリトリの、実・・・」
「ヤバいねずっと聞いてたいわ。」

行こうと手を引かれた***はきょとんとクザンを見上げ、海にと笑みを向けられは、と小さく息を吐き出す
ついさっき***が歌った歌を鼻歌で再生するクザンにぽろぽろと泣きながら頷いて、***はありがとうございますともう一度、今度は深く頭を下げながら止まらない涙を拭った




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