それはハジメテの


「土産は何がいい?」
「うーん・・・***が元気で帰ってきてくれるなら、それがいいかな。」
「あははは!伊作は無欲だなぁ!わかった、元気で帰ってくるよ。」

ウソツキ

伊作は何度目かわからない恨み言を墓前におとす。ぽろぽろと零れる雫は土を泥に変えるほどに多く、持ってきた花はぐっしょりとへたっていた

跡目争いだという。次男である***には関係ない話だった。だから家督を継ぐための親族会議に呼ばれた***は笑顔で帰省して、退学届けだけが帰ってきたその時の衝撃を忘れられない
一緒に入っていた紙切れを***の意思だがどうすると問われて受け取って、伊作は血で書かれ涙で滲むそれをずっと懐にしまっている

「愛してるならっ、帰ってきてよ・・・!」

アイシテル ごめ

途切れた文字を守ったのは***の乳母の息子。天真爛漫な次男と神経質な長男の折り合いは悪かったが、それは長男からの一方的なものだったと聞く
見かねた父親が***を忍術学園に避難させているのは***から聞いた。実際父親は長期休み中に一度は必ず顔を見に来ていたし、***は家族が大好きだったと記憶している
そんな***の、忍術学園に入って最初で最後の帰省は父親の49日。死後事実を知らされた***は数日食事もとらず伏せっていたが、その間ずっと父を想い悲しみに暮れていた
見ていられないほどに憔悴した姿に声を掛けた伊作は、兎のように真っ赤で腫れぼったい目を擦り笑った***に自分のことのように傷ついたのも記憶に新しい

「兄様と?あははっ、伊作は心配性だなぁ・・・でも、ありがとう。」

***が何かしなければ***は大丈夫。そう信じ切っていた伊作は***の最期を知らない
目の前にある無機質な石はせめてもの情けか一族の墓の隅にある。その下に***が埋まっているはずが、錯乱のまま衝動で掘り返した当初にそれは虚言と知った
***の骸にすら別れを言えず、形だけの石は***へ言葉を届けてはくれない。そんなに***が憎かったのかと何度目かの疑問は遂に憎悪へと変わり、その晩伊作は***の兄を暗殺するため屋敷に忍び込んだ

けれどどうやら***の兄は精神的に些か問題があるらしく、既に正気ではなかった

こんな男にと振り上げた苦無は震えている。人を殺める恐怖などではなく、***を失った悲しみと***を殺された怒りと***の愛情を蹴った憎しみとでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた立派な殺意が溢れて震えているのだ

その手にふと感じた温もりはすぐに消えたが、確かに知った未だ求める愛しい温かさ。消された殺意に屋敷から逃げた伊作は、ありがとうと聞こえた幻聴に泣きながらぐしゃぐしゃに頭をかき乱した

寝静まった忍術学園の、何人か鍛錬でいないらしい六年生長屋へ降りた伊作は自室へ入り、殺せなかったと歯を食いしばって頭巾を脱ぐ
その呟きに心配で布団に潜りながらも起きていた留三郎はほっとして、寝るかと目を瞑る。けれど、コンコンと軽いノックにびくりと目を開け気配を探った

「・・・誰?」

伊作と問いに留三郎も同意見だ。気配がないのだ、薄くもなにもなく、そして障子の向こうは夜目の利く留三郎も伊作もその影を人型と認識できない
何を連れ帰ってきたんだと問い詰めるためと、もし入ってきたらという防衛のために枕下の寸鉄を握った留三郎は聞こえた声にぎゅうと握る力を強め目を見開いた

「ただいま、伊作。」
「***・・・!」

どくんどくんと煩い心臓と、聞き間違いだと言い聞かせようにも間違いではないと肯定する伊作の声にそろりと布団から出た留三郎は、泣いて戸を開ける伊作から廊下に目を向け息を飲んだ

「あははっ、ひっどい顔だなぁ!」
「っ、***がっ、置いていくからだよ・・・!」

留三郎が見たのは、まるで闇に溶けるように蠢く黒の塊だった




それはハジメテの




「げ、ほっ・・・、げぇ、が、あ、ぁ、」

びしゃびしゃと赤黒い血が畳を染める。***は目の前で驚きもせず自分を高座から見下ろす兄をうずくまりながら見上げ、どうして、助けて、と手を伸ばした

「・・・私がお前に勝るのは長兄という点ただそれだけ。わかるか?どう努力しようと肉体も頭脳も精神もお前には敵わぬ。」
「に、さま、」
「お前は私の後に生まれてきたことが間違いなのだ。せめて最期は私の優越感を満たし安心感を捧げて死ぬがいい。」

どうして、兄様?今までずっと疑問だった。大好きな家族から離れなりたくもない忍者を学び父様の死に目にも会えず、それでも兄様を慕っていたのに。***はこの時はじめて怒りを感じ、それはすぐに恨みへと変わった

「この恨みで・・・っ、ゲハッ、は、成仏などできましょうかっ、」

背から畳を貫く刀を握り締め、***はドロリと笑う。兄は***を畏れ、そしてその笑みに捕らわれた

死にたくない死にたくない死にたくない。叫ぶ代わりに吐かれる血に手をつき、***はふふと笑いながら無理矢理飲まされた薬の包みに指を這わせる

「あ、ははっ、は、ふフフふふ、」

愛してるよ伊作。ごめんね伊作。お土産あげられないよ伊作。無事になんて無理だったよ伊作。血を吐き泣きながら笑う***から離れていた内の一人が***様!と泣きながら掛けより、ガクガクの線を書く力の入らない手を掴みお届けしますと誓う
***はフッと笑みをこぼし、天に向かって吐き捨てた

「昇りも堕ちもしない・・・ダレが、しんでやるもの、か・・・!」




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