ある日空から降ってきた天女様は、穢れの知らない無垢な体をもっていた
水仕事のあとも草履の擦れもみあたらない、俺たちには眩しい存在だった
そう。全て過去形。
ある日、天女様は俺たち目の前で突如として消え
俺たちは皆、半年以上に渡る自分たちの醜態を思い出すこととなり
生涯を共にすると誓った女を
誰にも渡すまいと誓った女を
誰よりも心優しいあの女を
俺は自ら手放したんだという、今更なその事実
目の前が真っ暗になった
隣で呼び掛けてくれる伊作にも反応できない
あれはいつのことだったか?
あれは確か一月ほど前だ。
一月前といえば、確か初めての房中術があるとかで
泣きそうになりながらも、けれど忍びの家系に生まれた故の諦めを持って、あいつは受け入れた
だが、大丈夫なはずはないんだ。なのに、そんな時に俺は・・・
俺は、
「伊作、少し行ってくる。」
「えっ!?どこに?」
「***の、ところだ。」
「・・・今更なんじゃない?やめといたほうが、」
伊作の制止もきかず、くノ一長屋へ走った
(***っ、)
今日も今日とて、忍たま用の罠はえげつないものばかり
それでも、いくらか引っかかりはしても無事に、目的の部屋へ着いた
名札が、掛かっていない
「なん、」
「***先輩なら先ほど、出て行かれました。」
「っ!」
屋根の上から降りてきたのは、確か空手の技術は上級生にも引けを取らない後輩だといっていた、ユキ、とかいうくノ一だ
「出て行ったって、どういうことだ。」
「・・・退学なさったんです。」
カラカラに乾いた口と張り付いたような喉は声を出させてくれない
去っていったくノ一を見送れば、足は勝手に門の方へ向かっていた
字とも呼べないような名前を書いて駆け出せば、走る
***は足がはやいから、と本気をだして走れば
その姿はすぐに見つけることができた
「***っ!!」
「・・・?あ、」
振り向いた顔をみて、振り返った体をみて
「お前・・・そ、の体・・・」
愕然とした
「どうかなさいました?」
「なん、で・・・腕が、」
左目を覆う包帯に、ひらひらと舞う右腕のあるべき袖と力の入っていない右脚
更にはどこぞの曲者のように、小袖から露出するべき肌に巻かれた包帯
やってはいけないことだと、わかったはずなんだ
それでも、仙蔵にも負けないあの黒髪がちゃんとあると、確かめたかった
「やめっ、て!」
抵抗らしい抵抗なんて、今の***にできるはずはなく
とった笠が地面に落ち、不揃いならまだよし。焼かれたようにチリチリと所々傷みすぎた髪がそこにはあった
慌てて笠を拾う***は、しゃがんだまま笠の端を手でおさえる
「・・・食満先輩、ご用件はなんでしょうか?」
震えた声に現実に引き戻された
ぽつりぽつりと乾いた地面にシミを作るのが涙だと理解して、たまらなかった
「いかないでくれっ、」
絞り出すような情けない声
「俺が、俺が間違って」
「いいえ。いいえ食満先輩。ワタシがアナタを繋ぎとめられなかった・・・それだけです。」
「違う!***は」
「これ以上ワタシを惨めにさせないで下さい!!」
ふらふらと立ち上がり、涙を浮かべる目が俺をみる
思わず指でそれを拭えば、一歩後退り
俺はさせまいと手をつかんだ
「髪を見られただけでも辛いというのに、先輩は今後悔を口になさってます。ワタシは見ての通りの体になってしまいましたし・・・ヤヤもできぬようになりました。今のワタシには女人としてもくノ一としても価値はありません。ですから、忍術学園に戻りお忘れ下さい。」
「・・・誰が、***の体を、」
「それも、気になさらないで下さい。」
このまま行かせたら、道中人知れず命を絶つ
***はそういう女だ。芯は強いからか、譲れないものに対しては自分を貫く
「・・・手を、離して下さい。」
「離せば、二度と掴めなくなる。」
「離して下さい。」
「俺のそばにいてくれ。」
「できません。ワタシは、もうアナタを信用できないのです。」
「絶対に、***以外を見ないと誓う。」
「誓われても・・・」
「好いているんだ。」
「・・・一月前は、お慕いしておりました。今は違います。もう、この世のなににも未練は御座いません。」
自害をすることに、お気づきでしょう?と、怪我のせいか不器用な笑顔で言う
「っ、させるかよっ!」
「な、っ、痛、い!」
道からそれ、雑木林の一本に***を押し付けた
ダメだと叫ぶ良心を蹴飛ばして
強引に口づければ、ないような抵抗しかできない***をいいことに好きに貪った
声を押し殺して泣く姿にすら愛しさを感じるくせに、俺はそれを手離したなんて
「死なないでくれ・・・」
「この姿で生き長らえて何になるというのですか?」
「娶りたい。」
「い、いやで」
「愛してるんだ。」
「っ!・・・ワタシを、捨てたのは留三郎様ですのに!」
わぁっと泣き出す***を強く抱きしめる
「見られたくなかった!こんな、こんな醜い姿っ!」
「醜くなんてない。」
「ふぇっ、く、とめ、三郎様、」
「なん・・・だ?」
ズブリと、よく知る音がした
恐る恐る***の体をみれば、仕込んであったのか
苦無が深々と胸に差し込まれている
「***っ!」
「お慕いしております。かわらず、ワタシはかわらず、留三郎様を、お慕い、して、お・・・り、ま、」
引き抜かれた苦無を握りながら、***は俺の腕の中で息絶えた
心配した伊作が事情を知り、仙蔵たちと探しにでて発見されるまで
俺は***を抱きしめ続けた
戻らない
なんで、こんなことに・・・