君が想うより
「甘味を感じてはいけないよ。」
「はい、おばあ様。」
「そうしたら最後、お前は死んでしまうからね。」
「はい、おばあ様。」
目の前で焼け崩れていく祖母は最後ににこりと笑って、跡形もなく消えていった
泣けば笑えば悲しめば喜べば、感情を表に出せば折檻が待っていたので自然と感情を殺すようになった
味を感じるなと舌を炙られたことすらあったので、感覚自体を鈍化させてずっと生きてきた
だからかな、ぼくは教わった甘いものを前に立ち尽くして、何も言えないままだ
「あー・・・これもダメそうか?」
優しい優しい恋人は、この体質を知らない。ただ鈍くてどこか抜けてる奴だとしか思われていないし、好き嫌いをなおそうと頑張ってくれてるのはわかる
わかるんだ。でも、アレルギーでもないこれは医学的に何の根拠ももたないけど、それでも命に関わる問題なんだよ
「食べない、けど・・・、」
「アレルギーじゃないんだろ?嫌いでも苦手でもないならなんで・・・」
「とにかく!ぼくは食べないから!」
すぐに貧血おこして倒れるようなぼくを少しでも頑丈にっていうのもわかる。ぼくと色んなとこに行って遊びたいのもわかる。でも、ぼくには制約が多すぎた
「おれと付き合ってからだろ、食わなくなったの。」
「クザンさんを、好きにならなければ・・・食べれはしたけど、」
傷ついた顔をした恋人は、可愛らしいラッピングがされたきっと買うのが恥ずかしかっただろうバレンタインチョコレートに目線を落とす。口元に浮かんだ笑みに、ぼくは慌てて震えるその腕を掴んだ
「クザンさんにっ、は、嘘はつきたくない。だからっ、言うから、絶対に・・・っ、でも、まだ、言えな、勇気がないっ、から、」
「おれがそばにいるから何も食えずに弱ってくってんなら、おれは別れるよ。好きな奴が死にそうになってんのに、しがみつけねェよ・・・流石にさ。」
甘いもの食べるとしんじゃうの。なんてなんのジョークかと思うじゃないか。血筋を恨んでしまうことも出来ずに静かな池のような心に波紋を、波立たせた感情を、ぼくは嫌いになれなかった
「行かないでっ、ちゃんと食べるから!!」
ぼくから離れていく背中が落ち込んでいて、泣いてるようにも見えて、死にたくない一心で甘味を感じそうなものは教わっていないものまで排除していたぼくは、ドアノブを掴んだクザンさんの手をつかんで握り潰されそうなラッピングの箱を奪い取る
驚くクザンさんに、声も出なくなるかななんて思って箱を抱き締めながら泣いた
「無理強いしたくねェのはわかんだろ・・・!?いいから食わなくて」
「愛してますっ、今まで出会った誰よりも、クザンさんを!」
目の前で砂糖を一舐めして死んだ母の気持ちなんて一生知ることがないと思っていたのに。ぼくはラッピングを丁寧に剥がし箱を開け、心配そうに見てくるクザンさんににこりと笑った
砂糖一舐めで血を吐いた母。ぼくを愛してくれた母はぼくのせいで死んだし、ぼくを実の子のように愛してくれた育ての親である祖母もぼくのせいで死んだ
「ぼくね、甘味を感じると・・・死んじゃうんです。」
「は・・・?」
「でもっ、嫌われるくらいなら死んだ方がましだ!」
口の中で溶けるチョコレートはとっても甘くて、舌が痺れた。これが愛の味なら、もういいやと思えるくらいにおいしい
「***・・・?な、え?おい、」
体が溶けていく。跡形も無く死ぬらしいぼくは、祖母のように笑いながら意識を暗転させる。ああ、体が燃えるように熱い
「クザンさん、愛して・・・ます、」
クザンさんがぼくの名を叫ぶ。大丈夫ですよクザンさん。ぼくは今、幸せですから
君が想うより
「・・・?どうしましたか?クザンさん。」
「んー?いや、なんでもねェよ。」
「そうですか。」
「ああ。・・・うまいか?それ。」
ポシポシとビスケットを食べる***にくすりと笑いながらゆるやかに首を傾けたおれは、大きく頷く姿にほっと息を吐き出す。どうやら上手くいったようだ
「どこか痛いところは?」
「ないです。」
「貧血は?」
「鉄剤をいただいてます。」
「・・・おれのこと、嫌いになったか?」
不思議そうに首を傾げる***は少し考える仕草をしてからにぱっと笑う。痛む良心なんて、自己嫌悪なんて、その笑顔で全部霞んで見えなくなるんだ。だから、ずっと、おれのそばにいてよ
「大好きです。」
「ありがとうな。おれも、***が大好きだから・・・ずっと、おれのそばで笑っていてくれ。」
「相思相愛ってやつですね!」
「ああ・・・そうだな。」
蜂蜜タップリのビスケットはお気に召したらしい。***が食べたことないもんも忘れちまったもんも全部食わせてやんなきゃだ。とりあえず、初めてのおやつは終わったから、次は初めての食事だ
「・・・食いたいもん、あるか?」
「うーん・・・と、なんでしょう・・・なにがありますか?」
「腹が痛くなるくらいガッツリこってりか、水を流したみたくさあっさりサッパリか。なんでも食わせてやるよ。」
「クザンさん優しい・・・、」
「でしょ。惚れてもいいのよ。」
楽しそうに笑う***を今度は幸せにしてやりたい。おれはビスケットを食べ終わった***の足下に跪き、丁寧に義足をはめてやる
***一人で着けるのはまず困難な義足は滑らかで、まるで本物の足みたいだ。それに口づけ、おれは***の手を引きながら立たせるとブレスレットに擬態しているセンサーが起動していることを確認し、ちくりとさしたような痛みに胸をおさえた
「・・・ごめんな、***。」
「何がですか?」
「不自由だろ、これ。」
「え?大丈夫ですよ!だって、クザンさんがいつも着けてくれますから。」
クザンさんのせいじゃないと苦笑して足を撫でる***は、生まれつきならどうしようもないとおれの嘘を信じたまま笑う
ああ、もう二度と・・・この温もりを失いたくねェな。そうしたら、今度こそ暴走しちまいそうだ
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