命の価値


「・・・・・・?」

首を傾げながらそれに近づいた***は深い藍色を靡かせながら海底へと沈む男の手を掴む
ゆっくりと男を引き寄せた***は気を失っているらしい男に海面を見上げ緩やかに首を振った。そして、尾鰭がゆらりと動き男と共に海底へと向かっていく
ゆらゆらと靡く髪は海と同化するように、自身の褐色の肌を撫でていた

「・・・起きた?」
「・・・・・・お前ェ、誰だァ?」
「私は***。」

海底にある洞窟へと男を連れ込んだ***は空気のあるその奥へと体を寝かせ、海水を吐き出させてやり意識の回復を待つ。しばらくしてうっすらと目を開けた男はたっぷりと間を開け、状況が理解できないのか引き気味に体を起こした
***は海水に浸かったまま男をじっくりと眺め、ふぅんと勝手に頷く

「何だァ・・・?」
「あなた船乗り?」
「まァ似たようなもんだね〜・・・ところで、ここがどこなのか教えちゃくれねえかァい?」
「ここは洞窟。その着物、変ね。」

着物?と自分の体をみた男は着物というよりと、頭をかきながら生乾きのコートを脱いだ。ジャケットも脱ぎ、首を締めつつあるネクタイを外した

「これはスーツなんだけどもォ、見たことねェかァ〜?」
「ないわ。私敦賀ノ真名姫様のお側から離れたの初めてだもの。」
「敦賀の・・・耳慣れねェなァ・・・・・・それは名前かァい?」
「ええ。とても愛らしく美しく優しい女神様よ。属性は水なの。」

比喩ではなさそうな女神という言葉に、男は自分は死にこれは死後の世界かと納得する。目に優しくない黄色ストライプのスーツと将校のみに着用を許可されたコートを眺め、男の口から深いため息が漏れた

「ここは地獄かねェ、***、ちゃん?」
「ふふっ、いえ、もうこれでもあなたより年上です。あなた、人間でしょう?」

海面に揺蕩う髪は絹のように美しく、人間であれば耳にあたる部位に触れた男は自分の知る種族の特徴とイマイチ一致しない***にまあ贅沢だろうととりあえず指先を光らせ薄暗い洞窟内で自分の状態を確認する
暗すぎるかと首を傾げるも光る男に驚かない***は珊瑚や貝の付属品に男の指が滑るのを目で追い、光を放つ指はくすみ一つない美しさを照らした

「・・・?」
「わっしの名を、知ってんのかァい?」
「知りません。」
「・・・地獄ってぇもんがあるとしたら、もっと劣悪なもんかと思ってたんだが・・・どうも違ェらしい。」
「地獄巡りをしたいのなら今度案内してあげる。」

それくれたらとサングラスを指さされた男はそれを外して***に渡し、ならここはと洞窟内を見回る

「わっしはまだ、生きてんのかねェ〜・・・」
「ええ。ここは洞窟。帰りたいのならあそこから外に。忘れないうちにまた来てね?地獄巡りしましょう。」
「ん〜・・・わっし一人ででるのかァ〜・・・わっしには不可能だねェ〜・・・。」
「サングラスありがとう。元気でね。」
「聞いてないよなァ〜・・・」

私遊びに行くから勝手に帰れと海へとぷんと消えた***に、男はとんでもねえとこにと海水に浸かった黒電伝虫に小さくため息を零した。黒電伝虫は盗聴用だが、この状況なら普通の電伝虫でもつかえなくなっていただろうが
忘れ物したと姿を見せた***の腕をつかみ、海中に消えるのを阻止した。男は耳だと思っていたそれが鰭のように動いたのに触れ、不思議そうにする***に緩やかに首を傾げる

「わっしは海軍本部大将黄猿・・・ピカピカの実を食べた光人間だよぉ・・・。***ちゃんはどこのどいつだァい?」
「・・・?はい。私は敦賀ノ真名姫様にお仕えする人魚の魂です。歌が好きで、先日も海の中で歌っていましたらなぜか嵐が起こり海が大荒れ、あなたが海に沈んできたので拾った次第です。」
「わっしの部下たちは知らねぇかァ〜・・・?」
「拾ったのはあなただけ。」

男は海が怒り狂っているかのような嵐に飲み込まれた自分の軍艦を思い出し他に人のいない洞窟を見回した。自分だけが少なくとも助かったことに知らずにため息が零れる
男が落ち込んでいると判断したらしい***は探してこようかと首を傾げその変わりにとネクタイに触れた

「これちょうだい。」
「・・・何でも持っていってかまわねェから〜出口を教えてくれるかァ?」
「そこだけ。言わなかった?」
「本当にそこだけとは普通思わねえよォ〜・・・」

***はネクタイを二の腕に巻き下がくぐれるようにと説明し、ああと笑う。晴れ晴れと、何の後ろめたさもないように

「ここは海底洞窟だから。」
「・・・外は全面海かァい?そいつはまいったねェ〜・・・わっし、本当に泳げないんだよォ〜・・・。」
「ならここで死ねばいいのに。もしあれなら私が食べるから。」
「オォ〜・・・人喰いだとはねェ、そうは見えねぇよォ〜?」
「私人魚だもの。人魚は人間の男を喰らって子を成すのよ?」

知らないなんてと笑った***は考えておいてなんて優しく告げ、黙る男に手を叩いた

「暫くここにいなよ。そうしたらきっと諦められるから。」
「・・・わっしを引っ張ってここまで来たんだよねぇ?」
「ええ。」
「なら〜・・・わっしを引っ張って外へはどうだァ〜?」
「出来ますよ。してほしいなら、見合ったものをちょうだい。考えておいてね、えっと、名前は?」
「ボルサリーノだよぉ。」
「ふふっ、考えておいてねボルサリーノ。私はいつでも交渉に応じるわ、あなた自身の命と見合う何かを持っているならね。」




命の価値




「はい、紐分。」
「紐じゃなくてネクタイなんだけどねェ、まあ、いいよォどっちでも。」

ガスが溜まりに溜まった死体やどこぞに当たって砕けたのか有り得ない方向に体が捩れている死体。五体程をボルサリーノの真横に上げた***はお仲間と笑ってことりとエターナルポーズをボルサリーノに渡す
マリンフォードと記載のあるそれは斜め上を指し示していて、本当にここは海底なのかと洞窟に穴でも開けようか考えていたボルサリーノを脱力させた

「わっしを、ど〜するつもりだァ〜・・・?」
「水もなく食べ物もなく空気もなくなって死ぬとこが見たいだけなの。」
「オ〜エグい趣味だねェ、わっしドン引きだよォ〜・・・。」
「人間は不老不死を得るために抉って切って千切ってすり潰して血を抜いて爪を生皮を剥いで髪を根こそぎ抜き取って目玉をほじって臓腑を奪って、そうやって人魚を使うじゃない。なら、私の好奇心を満たす人間がたった一人いてくれてもいいと思うの。」
「オ〜・・・わっしはそんな使われ方をする人魚は見たことねェよォ〜?人魚は観賞用の魚として飼われるもんだとばかり思ってたんだけどねェ、高い買い物だろォ〜?」
「人魚を、魚、ですって?」

ボルサリーノは目の前の魚が一般的な人魚に属さないことをわかった上で挑発したが、まんまと買った***にそんな力があるとは思っていなかったのだ。その背後に盛り上がった海水に、ボルサリーノは悪魔の実とも違うそれをただ凝視する

「華厳」

一気に海水に呑まれたボルサリーノは海の底へ引きずり込まれそうなのをなんとかこらえ、引いていく海水に肩で息をした

「い、ったい、おめぇ、なん、何だァ・・・?」
「魚、なんでしょう?猿の分際で忌々しい。」

ふわっと浮いた***はボルサリーノの顎に指を添え上を向かせると、妖力で光る目でじっとその顔を見つめる

「・・・敦賀ノ真名姫様には劣るけれど、私も神の端くれ。猿如きに遅れはとらなくてよ。」

用済みとばかりに凍てつく目を向ける***に、ボルサリーノは歓喜に似た恋に堕ちた。燃え上がるわけでものぼせ上がるわけでもなく、ただただ***という存在に崇拝に近い愛しさを芽生えさせる
ボルサリーノは光の速さで***を腕に閉じ込め、驚くその顔を眺めるために頬へ手を添えうっそりと笑った

「わっしを殺すのは、***ちゃんなんだよねェ?」
「・・・?」
「ちゃんと、***ちゃんが消えないくらい深く惨たらしく殺してねェ〜・・・?」

頭がいかれたと判断した***は変な人とそれでも笑い、頷き白浪と唱える。水が走りスーツを削がれたボルサリーノは至極嬉しそうに笑ってああと目を細めた

「喰らうなら、わっしが生きてるときにしてくれるとォ、嬉しいんだけどねェ・・・」
「生きながらなんて痛いだけよ。」
「***ちゃんの子どもとして生まれ変われるなら本望だよォ〜・・・。」

そっとボルサリーノの首筋を撫でた手はその爪を食い込ませ牙と変わらない***の歯が喉へ食らいつく。派手に血飛沫があがり、ボルサリーノの腕に力が籠もった
刹那に口に何かが押し込まれ噛むことを強要されたところで、ボルサリーノの意識は途切れる

「ボルサリーノ大将の意識が回復しました!!」

次に目を開けた時にボルサリーノは独特のニオイにいる場所が病院と知り、部屋に駆け込んできた医者や看護師に目を瞑った
全部夢かと首筋を撫でたボルサリーノの手は穴が開いたような痕があるのに腕に刺さる針を無視してベッドから降り、ガシャンと倒れる点滴を振り返ることもなく鏡に自分を映す
首はまるで食い破られたかのように変色しており、口の中にあの甘みが戻ってきた気がして知らずに笑っていた

「ヒドいねェ、わっしに肉を喰わせるなんて・・・不老も不死も、わっしはいらねェんだけど・・・」

外から歌が聞こえる。自分を心配する医者や看護師に一切目をくれず窓を開け放ったボルサリーノは、そばに位置する海に光った藍色に手を伸ばした
くすくすと笑ったそれの隣には金糸のような髪に藍色の目を持つ幼い人魚が自由に泳ぎ回っている。ああ自分を喰らった分かと察したボルサリーノは冊子に足を乗せピュンと海岸ギリギリに移動した

「殺してくれるってェ話しだったろォ〜・・・?なぁんで逆になってんだよぉ・・・。」
「死にたい人間を殺してあげる優しさは、私にはないの。」
「まま、だれ?この人・・・」
「あなたのお父さん、かしら。」

無事で何よりだわ。そう笑ってとぷんと消えた***とそれを追う娘を見送り、ボルサリーノは深い深いため息をついて頭をかく
そして、また会えるかと海に向かって問いかけた

波の音に紛れて微かに響く歌声を答えだと聞き、ボルサリーノは嬉しそうに笑いながらぷかりと浮かんできた***の髪飾りである骨貝を手にとりそっと口づける。これからうんざりするほど長い年月を過ごす予定のボルサリーノには同じく不老不死なのだろう***と娘を想い病室からかっぱらってきた電伝虫を袋に詰め海へと沈めた




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