好いているんだ


「長次!先の座学、満点だったって?流石長次だね!」
「どこでそれを?」
「立花くんが惜しがってた!」

出会ったときから変わらない笑顔に静かに頷いて、私は私の優を自分のことのように喜ぶ幼なじみにそちらはどうだと問う
幼なじみは笑いながら、お見せできないといつものように教えてくれなかった


「長次!就職先決まったって?流石長次だね!」
「どこでそれを?」
「七松くんが騒いでた!」

そうかと頷いた私が改めて就職先が決まったことを告げれば、お祝いだと酒瓶を手渡される
幼なじみは笑って、自分も早く就職先を見つけなければと首を傾げた


「長次!婚姻決まったって?流石長次だね!」
「どこでそれを?」
「福富くんが祝いの品を選んでた!」

もちろん中身は教えないと笑う幼なじみは自分からは何がいいかと問いつつ、金箔ののった桐箱入り梅干しを手渡される
長次にだけだと笑って、急いでいるからと幼なじみは踵を返した


「長次!ややができたって?流石長次だね!」
「どこでそれを?」
「善法寺くんが言ってた!」

風呂敷を私の背に巻き付けながら、絹だと笑った幼なじみは糸もあると更に笑う
一姫二太郎がいいのだと力説して、幼なじみは妻が戻る前に帰っていった


「長次!孫ができたって?流石長次だね!」
「どこでそれを?」
「食満くんが羨ましがってた!」

大家族だねと、まるまるとした鹿を二頭捌きだした幼なじみは縁側に肉を並べる
あっという間に二頭を捌いた幼なじみは血塗れた手を拭って手をあげ振った


「長次!死ぬんだって?流石長次だね!」

良かった良かった、幸せだったでしょう?にこにことやはり笑ったままの幼なじみに手を伸ばせば、出会ったときから変わらないその顔に笑いかける
いつものように帰ろうとする幼なじみを引き止めたのは、一度なかったことにされた想いだった




好いているんだ




「***、」
「え?ごめんね、何?」
「***・・・好いている。」

親も故郷も仕事も私生活も交友関係も好き嫌いも何も知らない私は、幼い頃気づいたらそばにいた***の手をつかむ
***は笑ったまま、バカだなぁと困ったように眉尻を下げた

「ダメだよ長次。それは錯覚だから。」
「何十年も想ってきた。それを知りながらなかったことにするのは、酷いとは思わないか。」
「思わないよ。だって長次は幸せでしょう?長次が幸せなら、僕も幸せだから。」
「私が、幸せだと・・・?」

目に宿る明確な拒絶に、そうか、しか言えず目を伏せた私に、笑いを含んだ笑みが落とされる。そっと手を離した私は最期に焼き付けようと***を見上げた
けれど、その顔に私は瞬きを繰り返し無理矢理身を起こす

「***・・・」
「好きだよ、長次。ずっと、そうなんだ。ごめんね、幸せに出来なくて、ごめんね。」

僕じゃないほうが絶対幸せになれると思ったのに。だから、全部全部諦めて、長次の幸せだけに注力したのに。僕の人生、長次の幸せだけを求めるものだったのに。
消えていく声は涙に濡れて、不幸にしてごめんねと、***は初めて笑顔ではなく泣き顔を私にみせてから背を向けた

「***・・・!」

忍びとして現役らしい***の速さを目で追えず消えたように見えた姿に、私は暫く呆然と空を見つめ続ける
そうして二度と、***に会うことはなかった

***はやはり、酷い男だ。



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