不慮の事故


些細な間違いを犯した。些細な、本当に些細な間違い。それで人生崩れるとか、私が死ぬとか、友だちがいなくなるとか、多分一切ない間違い
右手薬指の指輪はサイドテーブルの上。もうつけることのないそれをバッグに、服を着て手櫛で髪を整えながら部屋から家から逃げ出した

肌寒くてコートを忘れたことに気づいた。痛む頭は飲みすぎの証拠で、熱い頬は殴られたっていうか叩かれた証拠。大丈夫それは覚えてる
なんで友だちの八の友だちの彼の家で、一緒に裸でベッドに寝ていたかがわからない。肌は汗かいたあとの独特なベタベタで不愉快。微かに鼻に残るニオイは男のニオイで、部屋はアレのあとのニオイに満ちていた。全部が不快で、自分に嫌悪感

電柱で住所を確認したら意外と家に近くて、スマホのマップ機能を頼りに家についた私は即行でシャワーを浴びて全部忘れることにした
元から覚えていない夜の出来事はもちろん朝の参事も。ただ彼氏が浮気してて私がその横っ面ひったたいて叩き返されたのだけは共通の友だちに拡散しておく。っていうか拡散済みだった。皆からの反応がひったたいたことへのナイスが主だからとりあえず笑える

時計を見れば六時半。髪を巻きながら、私は八からの電話にどっちだと困惑した。八は共通の友だちで彼の友だちでもあるから

『***?大丈夫か?』
「めっちゃ身支度中だけど大丈夫。どうかした?」

バクバクと煩い心臓に落ち着けと内心叫び、私は平静を装う

『ほら、あいつと別れたっていうからさ。』
「あー、うん。大丈夫」
『殴り返されたんだろ?』
「・・・うん。」
『で、自棄酒か。』
「ご明察。」
『そこで兵助にたまたま会ったんだろ?今あいつからくそ長ったらしい謝罪メールがきてさ。送ってほしいっていうから送るわ。』
「えっ?あ、ごめん、居酒屋に入ったとこまでは覚えているんだけど・・・」
『あーまじか。じゃあ断っとくな。』

八の優しさに涙がでそうになった。メールは八のところで削除していただき、今夜は八と焼き肉に決定した





不慮の事故





「***っ、さん!」
「ひぁっ!?」

ベンチでご飯してたら背後から肩をつかまれる。なにそのホラー怖すぎ
もぐもぐごっくんして振り向いた私は声をかけた側のくせに私より驚いた顔をしている彼、久々知さんになに?と一歩ひいた

「忘れ物・・・を、渡しに、」
「う、ん・・・。ありがとう。」

会いたくないから食堂でも席でもご飯にしなかったのに。なんで、よりにもよって、別の部署とはいえ同じ職場の人なのか。見知らぬどこかの誰かなら楽だったのに

渡された紙袋の中にあるコートを確認した私は、あのさと久々知さんからメモ書きを渡された

「・・・メアド?」
「俺と、付き合ってください。」
「・・・え、えー・・・・・・あの、いや、私実は三本目くらいから記憶なくて、その・・・久々知さんと飲んでた記憶も、さっぱりな」
「友人と店で飲んでたらあなたが入店して、・・・あまりに勢いよく水でも飲むかのようにお酒を呷るものだからつい、声をかけてしまいました。」

全然記憶にない。そんな勢いよくかぱかぱ飲んでたつもりもない。見解の相違か真面目に記憶混濁か

「それで・・・前々から惹かれていたのもあり、弱っているところに付け込んでといいますか、なし崩しに関係を持たさせていただきました。」
「う、うん・・・そういう正直なところ、流石八の友だちっていうか、うん。」
「まずは、謝りたくて・・・すみません、中に、出してます。何回か・・・酩酊状態で否定も肯定もできないあなたを征服しているようで、興奮してしまって・・・」
「そ、れは・・・なんとなくシャワー浴びてわかっているけど、危険日じゃないし、大丈夫だと思う。」

予定日明日明後日だから九割九分九厘大丈夫。力強く頷き、全力で無かったことにしようとする私の手を久々知さんは強くきつくつかんだ
驚く私は、真剣すぎてピントがぶれているようにすら感じる久々知さんの目に詰まる。あまりにも真剣で、そしてこんなときにすみませんと謝りながらもこんな仕草があんな姿が仕事の姿勢や八に誘われて八の友だちと飲んでいたときの話し方だとかとにかく色んなことを上げて好きなんですと訴えられた。圧がすごい

「俺のこと、少しも意識してもらえませんか?」
「いや、あの、そういうんじゃ、」
「俺では駄目ですか?俺のなにが駄目ですか?」
「ですから、」
「少なくとも、相性は良いかと思います。あんなに、乱れてくれた女性はいませんでしたから。」

この人愚直とかじゃない。バカだ。普通そういうこと言ってやだ、かっこいい・・・!とかなる女はいない。断言する。私もならない

「久々知さんとは付き合えません。」
「わかりました、結婚してください。」

なにもわかってない何がわかったの!?混乱さえしてくる私に、久々知さんはこれならどうだとばかりに私をみつめる。私は八からメールもらっていれば予期できたのではと後悔しつつ、八つ当たり大半に嘘を吐き捨てた

「私、八みたいな人が好みだから。」
「・・・」

こんど高級焼き肉奢るから。フリーの友だちも紹介するし悩み相談も受けるから。だからごめん八、ちょっと地雷だったかもしれないんだ

真顔になった久々知さんから逃げた私は、何をおいてもまず八にメールをうつ。ついでに電話も。おまえぇぇとか唸ってる八に心の底から謝罪をした

『そういうの兵助まじで面倒なんだからな!』
「軽率でしたごめんなさい!」



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