戻らない 前







「婚約を、無かったことにしてほしい。」


申し訳無さそうに、けれど確固たる意思を持つアナタがそれでも好き

決して目を逸らさずに告げてくれる、その言葉がどんなに聞きたくなかった言葉でも

やはり、ワタシはアナタが好きで好きで仕方がない


「そうですか。」


好きならば、余計なことは聞かずに受け入れよう

好きならば、泣き喚いて困らすようなことはしてはいけない


「わかりました。今まで、ありがとうございました。」


そう言って頭を下げ、ゆっくり上げて笑う


そう、どんなに泣きたくても

どんなに非難の言葉を浴びせたくても


「こっちこそ、ありがとう。」

「いいえ。・・・お帰りの際はお気をつけて。」

「そうだな、くノ一長屋は罠だらけだからな。あ、そうだ。」


対忍たま用トラップを避けながら慎重に歩いていた足が止まり

苦笑に近い笑みがワタシを振り返る


「天女様と、仲良くしてやってくんねぇか?」

「天女様と?それは・・・ワタシに忍たま長屋に忍び込めと仰ってます?」

「だよなぁ・・・悪かったな、無茶言って。」

「いいえ。できるだけ、会えば話すようにしますね。」


またありがとうを言って去っていく背中を見送り、ワタシは深いため息をつきながらしゃがみ込んだ


婚約は親同士が決めていた

けれど、彼は二つ下のワタシに本当によくして下さった

天女様と名乗る不思議な女人が現れて半年、多分、ワタシが在籍するくノ一の中で最後の婚約破棄された人

よく、保ったほうだと思う。早い人では天女様が落ちてきたその日に婚約破棄になっているのだから


「留三郎様・・・」


せめて部屋に戻ってからでないと

ああでも、涙が止まりません

繋ぎとめられずにいたワタシがいけないのですから


ですが、なぜ、今日なのでしょう?


「あんまりに御座います。」


房中術の翌朝、帰ってきて早々に

まさかお忘れでしたか?


「留三郎様っ、」


きっと、お忘れなのでしょうね。


「***さん。」

「あ、シナ先生!いかがなさいました?」


いつの間にか背後にいらっしゃったシナ先生に、涙を拭い、堪え、立ち上がり笑みを浮かべた

少し驚いた顔をなさったシナ先生が、真剣な顔で一通の依頼書を差し出し


「今夜、行ってもらえるかしら?」

「今夜、」

「房中術の直後だというのはわかっています。けれど、見合う力をもち動けるくノ一は***さんだけなの。」


カサカサと紙を広げ、内容に驚いてしまう


「これ、忍たま用の忍務では・・・?」

「ええ。」


伏せられたシナ先生の顔で、理解せざるを得なかった

現状の忍たまに、この忍務が遂行できるほどの力はなく

五・六年のくノ一も今、同じように忍たま用の忍務で出払っておられる

だから、四年の中で一番実践向きのワタシが選ばれた


「お引き受けします。」

「助かるわ。」


内容は要人の暗殺

しかもかなりの傭兵がいる屋敷に忍び込んでの


(・・・生きて帰れるといいなー・・・・・・)


忍たまの六年が行う忍務を、くノ一の四年が行う難易度の高さ

震える手で以前互いに贈りあった御守りを握り、覚悟を決めた


(父と母に、感謝を一筆。)


婚約破棄の件は、ワタシが死ねば勝手に破棄になるのだし

生きていれば、またその時に



その夜、ワタシは忍務用の衣装に身を包み
祈るように忍務へと出向いた












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