お願い、もうやめて *


「ごめんね。」

謝らないでよ伊作くん。私、別に後悔なんてしてないよ

「ごめん、本当に、僕のせいで、」

大丈夫大丈夫。私、悔いなんてないから

「僕がっ・・・!死ねばよかったんだっ、」

伊作くん・・・

「***っ、***、***死なないで!僕のせいでっ、」

ああ、どうしよう・・・伊作くんが、せっかくキレイな魂が、堕ちて、く・・・

「僕が存在するから、不運が移ると知りながら***のそばにいたから、だから、・・・***っ?」

だ、め・・・なの、にね、

「***、僕の命をあげたいっ、僕が代わりに死ぬから!***は生きてっ、生きてよぉぉ!!」


ぼたぼたと垂れた涙も流れ出る血と共に雨水で薄められながら広がっていく。いくらかき集めても生き返ることはなく、女の身体から温もりを篠つく雨が急速に奪っていった

「ッ・・・またっ、間違えた!」

バシャ!と地面を殴った男は、女の骸を抱き締めながら淀んだ目で木にぶつかり大破した暴走馬車を睨みつける


そして、時は巻き戻る





お願い、もうやめて





「あっ、可愛い犬!」
「ダメだよ***。病狗だから。」
「すごいね伊作くん、薬師やってるとそんなことまでわかるんだ?」
「わからないよ。知っているだけ。ほら、せっかく昨日は無事だったんだから、今日も平和に終わろう?」
「う・・・うん、」

困惑する***は知らない。今日あの犬に咬まれて病にかかり気が触れて死んだことを。***は知らない、一昨日は僕が以前忍び込んだ屋敷の追っ手から僕を庇って死んで、昨日は誰彼かまわず治療してまわる僕が裕福だと誤解した盗人が家に入って僕の薬棚を守って斬られて死んだ。明日は僕に突っ込んできた荷馬車から僕を庇って轢かれて、明後日は客を恨んだ商売女に客と間違われた僕を突き飛ばして代わりに刺される。明明後日は、弥の明後日は・・・大丈夫、七日分は知ってる。だから、問題は八日目

「もう、いいよ・・・伊作くん。」
「なにが?さあ、今日はもう大丈夫だからどこへ行こうか?」
「・・・うん。私、家でゆっくりしたいな。」

すり寄ってくる***が愛らしくて、苦しくて、今度こそ絶対に守るからと僕は***の手を握った

「私は、もう死んでるんだよ・・・」

八日目。***に懸想していたらしい男が僕を襲い、トドメをと近づかれる僕の前に立ちはだかり刺された。そして、僕の目の前で、火をつけられた。
火は近隣へも広がり、なぜか僕は助かり、***は男と思われる焼け焦げたものに抱かれ焼死していた。

また、僕は、***を殺してしまった。

また、私は、伊作くんを穢してしまった。

折れた腕の痛みなんてなくて、胸から生える木の枝に触れれば血が付いた
伊作くんは私にしがみつきながら、なんで僕を庇うんだと泣き叫んでる。だって、私もうこれで・・・何回目かな?沢山死んでるんだもの、痛みも恐怖もないから・・・とっくに私は生きていないの。だから、いくらでも庇うよ

「い、さく、く・・・も、ぅ・・・も、う、」

お願い、前へ進んで。でないと私は成仏できないし、伊作くんはどんどん穢れて堕ちて、輪廻転生に乗れないくらい、深い地獄に落ちてしまうから
お願い伊作くん、気づいて、私がとっくに死んでるって。時が廻り続けるなんておかしいでしょう?ね?
お願いだから、お願い伊作くん、私が言っても笑って流したじゃない。***は殺さない死なせないって、どんよりとした目で笑ったじゃない。だから、伊作くんが気づいて、止めるしかないの

忍びを辞めて人助けを止めて笑顔を忘れて優しさを捨てて、そんなの、私が愛した伊作くんじゃない。伊作くん、私は寿命だったの。抗えないはずの死を先延ばしにすれば、それだけ周りに被害がでて死ななかったはずの人が死ぬの

伊作くんが例えば先に死んだら、確かに悲しいし虚しい。でも、それでも、摂理に反して生かしたらその人がどうなるかわかるじゃない

「***っ、今度は、今度こそは!!」

私の魂はもうひび割れて直らない。身体は指一本動かすのも激痛で、伊作くんを正気に戻したい一心て精神だけで私の姿形は保たれてるの
輪廻転生から弾かれ外れた私は、伊作くんに忘れられて消滅するだけの塊なんだよ



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