手、だすなよ?


「お見合い、したくないか?」
「・・・え?あ、いえ、営業先で他社とお見合いするとあちらの担当者を困らせてしまうので・・・好きではないですね。」
「そのお見合いではない。まあ大丈夫だ、そういう頓珍漢に話題を逸らそうとする男でもいいそうだから。」

ぐぅと唸る***に笑った上司は、明日11時に料亭黄昏時なと料亭の名刺をデスクに置き席へ戻ってしまう。マジかと名刺を見ながらもぐもぐ玉子焼を頬張り、どうしようかなとため息を吐き出した

翌日、二重襟のボタンダウンシャツとレジメンタルのネクタイをしてスーツを着た***は、仲居に案内され一室へ通されていた
どう断ろうかと考え倦ねている***の耳に上司の声が微かに届く。来たかと背筋を正し、流石時間前行動の男だなという発言と共に開かれた戸に向かって頭を下げた

「そういうのはいらんよ。まずは紹介といこう。」

出鼻を挫かれたと座り直した***は仲人役の上司の横にいる上司妻に首を傾げ、更に横にいるセーラー服に不安げに上司を見る

「あなた、相手を伝えていなかったの?」
「忘れていたよ。***君、これが私の娘で君の見合い相手だ。」

なんと。素直に驚いた***の目がセーラー服をじっと見つめ、中学生ですか犯罪じゃないですかと顔に書きながら上司に訴えた

「娘がどうしても君と会いたいというからな。」
「え、あ、いえ、彼女はどう見ても未成、娘?え?」
「大人の男に憧れる年なんだ。わかるだろ?」

いや、わからない。首をふる***を無視した上司はコソッと耳元で囁き、***はその台詞にそんな無茶ぶり!と抗議をする。だがそれじゃと上司妻に連れられ出て行く上司にのばした手は無視され、無情にも閉まる戸に嘘だろと震えるしかない

「・・・***さん。」
「うぇあっ、あ、違!違うんです私にロリコンの気は」
「私が会ってみたいと父にお願いしたので、わかっていますよ。」

うなだれ気味に座った***はとりあえず何か頼もうかとメニューに手をのばし、その手に触れた上司娘に慌てて手を引っ込めた

「ごめ、」
「***。」

ネクタイをつかまれ、引き寄せられる。触れた唇は柔らかく、***はなにをとその小さな身体を引き剥がす

「君は!こんなおっさんに」
「***は、私を覚えていないのか。」

するりと脱いだセーラー服に目を点にし、***はジャケットを上司娘に着せやめなさいと前を重ねた

「私は***を好いてる。覚えていなくても、離してあげないよ。」
「っ、君は、一体、」
「私がここで叫べば、人生終わるのは***だよ。」

さあ大人しくしていてね。笑った上司娘に、***はハッと起き上がりだからダメだってとボタンを外す手をつかむ

「ロリコン犯罪者になりたいなら、そうしてあげる。」

ぐぅと口を噤んだ***は、この子は一体何なんだ、目的はと混乱しながら店に見つかった時に貼られる犯罪者のレッテルを思い浮かべ唇を堅く結んだ

「私のことは昆(あに)と呼んでね。」
(無理でした・・・部長・・・)




手、出すなよ?




「・・・お父さん、この写真の人だれ?」
「この人はなぁ、新年会で一緒に女装に付き合ってくれた私の部下だ。なんだ惚れたか?」
「うん。」
「だよなおっさんだ、ぇええ!?」
「会いたいな、お父さん。」

愛娘にお願いされた上司は、ぐぬぬと唸りながら愛娘の背後にいる妻に負け、うなだれながら頷いた

「昆、お父さんは、反対だからな・・・」
「私は彼と結婚したいなぁ。」
「昆!」
「写真もらうね、パパ。」

パパと久しぶりに呼ばれた余韻に浸っている隙に写真をつかんで部屋へとあがった愛娘は、痛むはずのない顔半分を押さえ穴があくほどに写真を見つめる

「やっと会えた、私の・・・」

くすくすと笑う愛娘は、五百年越しだと愛しそうに写真に口づけた


『組頭組頭!僕お役にたてましたか?最後まで盾でいれましたか?』
『もう喋らないでいいから。ちゃんと治して戻りなさい。』
『やった!ぜったいかならず僕を使ってくださいね?』
『うん。だから、お休み。』
『はい!』


にこっと笑ったまま息絶えた男を、ずっと待っていた男がいた。五百年は前、戦乱の世である



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