あと一歩


BL要素



「兵助。今、少しいい?」
「うん・・・いいよ、勘ちゃん。」

見ているこちらの胸まで早鐘を打つような躊躇いや緊張に、周りは思わず二人を見つめて止まる。あっちでとぎこちない動作で場所をかえようとする尾浜は久々知を振り返りながら歩き、そして誰かにぶつかりよろめいた

「いっ、た・・・!」

バサバサと書類が宙を舞い、倒れた人を慌てて起こした尾浜は萌葱の装束に謝りながら散らばる書類を拾い集める
向こうも慌てながら拾っているのだろう、ごめんなさいごめんなさいと呟きながら紙をかき集めていた

「いや、俺の方こそごめん・・・あれ?」

俺宛てだ。封書を一つ拾い上げた尾浜に、よいしょと紙の束を抱えなおした三年生、***はそれだけじゃないですと紙の束を漁りまた廊下へとばらまく

「わー!?」
「ちょっ、少し落ち着こう。ね?」
「ほ、本当にまだあるんで」
「わかったから。俺宛ての全部見つけたら配るの手伝うから。」
「そういうわけには!」
「いいの。俺がやりたいの。」

それとも、下級生が大変そうなのをほっとけと言うのかと、尾浜はわざとらしく腰に手をあて首を傾げる。***は申し訳ないありませんと頭を下げ、正直助かりますと笑った

「ごめん兵助、日を改めるね。」
「うん。」

日を改めるという言葉に安堵し尾浜とペコペコ頭を下げる***とを見送った久々知は、漸く周りに気づき顔を赤らめその場から退散した




あと一歩




「兵助、」
「尾浜先輩!すみませんこの前仰っていた、あ、お取り込み中でしたか!?」

脱兎の如く逃げる***になんとなくタイミングを外し

「あのさっ、俺、兵助が」
「尾浜先輩、木下先生が先輩をお呼びなのですが・・・」

邪魔したとわかりながらも困ったように俺を呼ぶ***に気が逸れ

「遅い昼ですね尾浜先輩。ご一緒してもいいですか?」

授業でとちって補習受けた結果腹を減らして完売の札を見ている俺に、差し出された握り飯に胃が侵され

「聞いてください尾浜先輩!」

演習でトップだった、筆記で満点だった、女装が挫けそうだけど頑張った。笑顔で報告される数々に自然と笑みが返り

「尾浜先輩は怖くありません。尾浜先輩は、僕が怖いのですか。」

荒んだ戦場に荒れる心に触れる温かな手に、思わず泣きそうになった


いつからだったか、あぁ、***は俺が好きなんだなぁって漠然と思うようになったんだ


「あっ、か、勘ちゃん、」
「え?あ、兵助!おはよ。」
「う、うん、おはよう・・・」

部屋を出てすぐに会った兵助の後ろ、***が軽い足取りでこっちに向かってくる
俺は兵助にまた教室でと声をかけ、朝から五年長屋にどうしたのかと首を傾げる俺をみて***は晴れやかに笑った

「尾浜先輩っ、」
「どうした?」
「僕、尾浜先輩が好きです!」
「え?え!いっ、いきなりっ、」

ぶわっと暑くなった俺に思い立ったら吉日だからと、***の頬が染まる。可愛いなぁと思ってしまった自分に、俺自身が驚いた
頬を染め必死に訴える目を見て、そっかと***の頬を摘まむ

「むっ、」
「俺も***が好きだよ。」
「ほ、ほんとに?」
「本当本当。両想いだね。」

兵助のことが好きだった。兵助のことが好きだった俺は、ここぞと決められずに想いをくすぶらせた
体裁なんて関係なく突っ込んでくる***の勇気に、一所懸命な姿に、惚れたのは当たり前かもしれない

「両想い・・・!僕と尾浜先輩が!やったぁ!」

ぴょんぴょん跳ねる***は嬉しいと、幸せそうに顔を綻ばせた



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